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季節外れの桜の木
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After the Rain 全国ツアー 20××
「「ありがとうございましたー!!!」」
そらるさんと僕の最後のライブの公演が終わった
「じゃあそろそろ行きましょうか」
「あぁ」
そして 僕らは駆け落ちした
ごくわずかな友人たちと、僕の社員しか知らない身勝手な駆け落ちだった
叩かれるに決まってる 悲しまれるに決まってる
だけど僕らはネットの世界から姿を消した
それから2人で同じ家で生活をした
すぐ横に山がある海辺の田舎
ご近所さんもいなければインターネットもない
そらるさんは最初ゲームがしたいと駄々を捏ねていたけど
農作業の楽しみを知ったらしく、いつも畑にいる
「ねぇそらるさん」
僕はそらるさんに向かって手を広げた
ん、と言って僕を抱きしめた
苦しいぐらいに幸せなこの時間が
永遠に続いたらよかった
そらるさんは今、見た目に影響は出ないものの、
人の5倍で五感や寿命の限界が進んでいく病気にかかっている
老化の原因の一つである活性化酸素を取り除く抗酸化酵素が
なんらかの原因で作り出せなくなるというものだ
名前は『無抗酸化酵素症』
それに気づいたのは去年の冬
そらるさんが「腰がいたい」と言い出した
病院で見てもらうと、その原因が老化であることが判明した
とても珍しい病気だったらしく
治療法は見つかっていないとのこと
だんだん目や耳が見えなくなり聞こえなくなり、
美しく若い姿のまま、寿命で死んでしまうのだ
そして、普通の人より不健康な生活が重なってか
残りの寿命は約3年
そう聞いた時、僕は信じられなかった
そらるさんが?僕より健康なそらるさんが僕より先にいなくなる??
僕は昔からそらるさんのことが大好きだった
ニコニコ動画で彼の声を聴いた瞬間から
そして僕を助けてくれたあの日から
いつか 告白をして結婚して、老後は2人で幸せに暮らすんだ と
勝手にそういう未来が出来上がってるものだと思っていた
現実は全く違った
僕が思ってるよりもずっと残酷だった
そして僕は思わずそらるさんに言っていた
「そらるさんのことが好きです これからは僕と暮らしましょう」
そらるさんは最初渋っていた
「お前には迷惑をかけたくない」
「俺はすぐ死んでしまうから 早くいい人を見つけろ」と
違うんです 僕は
貴方が好きで 貴方が居たから生きてこれたんだよ
「迷惑をかけてもいいです 最期まで一緒に居させてください」
「...本当にいいんだな?」
「もちろんです」
それからそらるさんと、これからどうするか 会議をした
僕はそらるさんとずっと歌っていたかった
けれど、そらるさんの体力は日に日に落ちていくことが予想され
20××年に全国ツアーをし、引退しようと二人で決めた
~
「そらるさん、明日は一緒に釣りしましょうよ」
「いいよ わかった」
そらるさんとの生活はとても楽しいものだった
毎日山に行って山菜を採ったり、畑で農作業をしたり
それに
あれからそらるさんが病気にかかっているかのような様子はなかった
普通の成人男性のように見えた
その夜
「まふ、なにか話をしてくれないか?」
と言い出した
僕は、そらるさんのために話をした
むかしむかし、あるところに、桜の木がありました
その桜は年中花を咲かせる 不思議な木でした
桜の木は、周りとは違う、いつになっても葉をつけない自分のことが嫌いでした
ある日突然、桜の木は花を咲かせたまま
長く美しい生涯を終えます
町中、世界中のたくさんの人が悲しみ
桜の木は、愛されていたことを知り、幸せに思うのでした
そしたらそらるさんが
「俺が死んだら悲しんでくれる?」
と、そう言った
僕は辛くて、
「何言ってるんですか、もっと...生きれますよ...」
そうきつく答えてしまった
「そっか、でも、俺が死んでもお前は生きてね」
おもわず抱きしめた
彼の体が
とても小さく感じた
「俺だって...ずっと生きたいよ...」
「そらるさっ...」
彼の名前を呼んで
僕はどうしたかったかわからない
でも名前を呼ばないと
どこか遠い所へ行ってしまうような気がした
そらるさんが僕の名前を思い出せなかったことがある
「そらるさん...?」
「あれ...」
「そらるさん...」
「名前...わかんない...」
とても辛かった
怒りと悲しみが込み上げた
あぁそうだ
老化ってこういうことだ
「まふゆ です」
僕は優しくそらるさんに教えた
「まふ...まふっ...ごめっ、ん...ごめん...俺っ...」
そらるさんは泣きながら僕に謝り続ける
そこには 頼れる先輩 のようなそらるさんではなく
弱々しくて今にも倒れてしまいそうなそらるさんだった
僕にはそらるさんの背中を優しく撫でることしかできなかった
「いいんです そらるさん、愛しています」
それから僕は
毎日をそらるさんと過ごした
山道を歩いて色々な花を摘んだり
砂浜に行って綺麗な貝殻を集めたり
家の屋根に登って星空を眺めたり
その間でもそらるさんの身体の老いは勢いを止めなかった
そらるさんの目がだんだん見えなくなり
僕がいつもそばにいるようになった
そらるさんの足もだんだん動かなくなり
ベッドでの生活になった
そらるさんの耳はだんだん聞こえなくなった
ついに僕の声が聞こえなくなった
もう時間が残されていない
そう感じた僕は
そらるさんの左手をとった
「ん...?」
ずっと前からしまっていた指輪
ダイヤの代わりにラピスラズリがはめ込まれている
それを彼の左薬指に通した
そらるさんに それは見えていない
「どうしたの?」
「結婚指輪です これからも僕と一緒にいてください」
そらるさんの手を僕の唇に当て、そう教える
彼の目からは涙が溢れ
嗚咽を抑えるように頷いていた
僕がそらるさんに告白した時は
最期まで一緒に居たい だったのに
ずっと一緒にいたい に変わっていて
一緒の家で過ごす日々が
より貴方を愛おしくさせる
いずれ来る別れの日がどうしても辛いんです
どうか別れの時まで
貴方を僕の家族にさせてください
僕は彼の体を優しく抱きしめた
それから彼の唇に何度もキスを落とした
愛している の意味を込めて
僕はわがままですね そらるさん
貴方の死を覚悟していたのに
どうしても受け入れられないなぁ
ずっと幸せに暮らしたい
ずっと一緒にいたい
そう本気で思ってしまうなんて
僕のそんな儚い願いは
願いが美しいほど叶わない
ある日、そらるさんは
永遠の眠りについた
気づいたのは朝の光が差し込む午前7時頃
シルバーの指輪が陽の光を反射させていた
そこでようやく
この病気の怖さを知った
若く綺麗な姿で寿命を迎えたそらるさんは
この世界の何よりも美しい
そしてこの世界の何よりも残酷だった
太陽の光に照らされるそらるさんは
白雪姫のように見えた
『美人薄命』
彼の生涯には皮肉にも この言葉がぴったりだった
そらるさんの低くて麗かな声が好きだった
そらるさんの作る絵本のような歌が好きだった
そらるさんの世話焼きで優しい性格が好きだった
そらるさんの白くて細い手足が好きだった
そらるさんの真ん丸な目が好きだった
そらるさんの艶のある黒髪が好きだった
そらるさんの全部が好きだった
そらるさんはもう生き返らない
僕が彼の体を抱きしめても
彼の手が僕の背に回されることはもう無い
「そらるさん、悲しい、よ」
僕はそらるさんのために泣いた
なんでそらるさんが病気にかかったの
なんで僕じゃなくてそらるさんなの
何回も何十回も何百回も泣いた
それでも足りなかった
彼が僕にくれた愛情には到底及ばない
僕は最後に 彼の唇にキスを落とした
もっと一緒に居たかった の意味を込めて
そのキスでも
白雪姫が目覚めることはなかった
その2日後に
彼の葬式が行われた
歌い手の時の友人が集まってくれた
久しぶりに見るみんなは
すこしだけ顔立ちがかわっているような気がした
それからそらるさんの御骨は
そらるさんが生前望んでいた
庭にある木の根元に埋めてあげた
それから僕はもう一度
ネットの世界に戻り
After the Rainが消えた理由
そらるさんが亡くなったことを
世間に伝えた
歌い手仲間は僕を歓迎してくれた
でも当時のファンの方たちはそうじゃなかった
僕とそらるさんが駆け落ちした時
そうとうネットニュースになったらしく
自殺した人もいたらしい
『僕の判断は間違えていた』
そう知ってやり場のない後悔が僕を襲った
「なにを今更」
「死んでしまえばいい」
「もう声を聴きたくない」
わかってた
わかってたよ
「そらるさんはお前のせいで死んだ」
そらるさんは...
僕はやっぱりそらるさんの隣じゃないと生きられない
そらるさんに会いたい
そう思った僕は、海に向かう電車に乗っていた
僕がそらるさんと3年弱すごしたあの家
庭にあった木は
桜の花をつけていた
そらるさん
貴方は
桜の木になったんですね
~
「そらるさん
貴方に会いたい」
僕はそんなツイートを残して海に入る
さすがにもう冬も近いから
凍えそうな水温で
でももうすぐでそらるさんに会えるんだったら
わくわくして
あの雲の向こうに行きたい
そんなことを思ってたら
だんだん足が浮いてきて
首まで海に浸かって
息が出来なくなって
それでも不思議と苦しくなかった
そらるさん
また会ったら抱きしめてくれますか?
~
僕は彼の声で目が覚めた
なぜかもみじが描かれた着物を着ている
「まふ、ようやく起きたのか」
目の前にはそらるさんが居た
「そらるさん...!会いたかった...」
よく見ると、そらるさんは青地に桜が描いた着物を着ていた
「桜...」
「ほら、行くぞ」
「え...?どこに行くんですか??」
そう聞くとそらるさんは微笑んで
「俺たちはもう自由なんだぜ?」
「...そうでしたね!」
マリンスノーの海でも
花びらが舞う桜の木のそばでも
雨上がりの大きな虹でも
2人で手を繋いで一緒に見に行きましょう
「そらるさん」
「ん?」
彼のからだを抱きしめて、今度はゆっくりと僕の背に手が回された
「じゃあそろそろ行きましょうか」
「あぁ」
もう僕らに有限な時間なんてないんですから
the end...
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