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「雪」
耳元に、ため息交じりの熱い声が触れた。
すとんと膝上に座らされた雪斗は、頭が真っ白になったまま、部屋の壁掛け時計を見つめる。
時刻は午前、零時五分だった。
「許さないよ」
地を這うような、低く恐ろしい声色だ。冬弥の声だとは思えない。
怒っているのだ。心根の優しい冬弥が、捕まえて恨み言を吐きたくなるくらいに。
雪斗は唇を噛みしめ、耳のそばで彼が言うであろう静かな罵倒を待つ。
「ふざけないでほしい。君は……僕の気持ちを、考えたことは、ある?」
痛くない。苦しくない。自分に言い聞かせ、ただひたすら男の腕の中で身を小さくする。
腰にまわった腕に力が込められた。背中に密着する冬弥の身体が、怒りでだろうか、とても熱い。
「第一、練習ってなんだろうとね。本当に……腹が立って、腹が立って」
腹の辺りを拘束していた手が、噛みしめた雪斗の唇を指でなぞった。思わぬ動きにびくっと跳ねた肩へ、すり、と何かが懐く。
は……と緩んでほどけた厚めの唇をふにふにとつまんで遊ぶ男の指からは、怒りを感じなかった。
「可愛くないことを言うくせに可愛いこの唇を、キスで塞いで驚かせてあげようかと思ったよ」
――今、冬弥はなんて言ったのだろう。
狐に化かされているような気分で、茫然とする。何がなんだかわからない。
すると突然、冬弥は雪斗の顎をとって自分へと振り向かせた。
「だからね、決めたんだ。この一年で、君を僕のものにしようって」
「――え? ん、ぅ」
押し当てられ慣れた柔らかい感触が、生まれて初めての場所――雪斗の唇に触れる。
流れるようにキスを奪った男は、にんまりと、見たことのない種類の笑みを浮かべた。
「勘違いをしているようだけど、僕はさくらにこれっぽっちも未練はないよ」
「え……いや、だって姉さんが結婚するって言ったら、いいな、羨ましいって……」
「羨ましいよ。僕もしたい……君と」
「――!?」
大きな手のひらが、片時も離したくないとばかりに雪斗の頬を覆う。息をするように何度も顔中へキスが降るから、雪斗の混乱は収まる気配がない。
「な、待って冬弥さ……ん、っ待って」
「もうね、本当、少しでも僕に気があるって確信したら、すぐにでも攫っちゃおうと思っていたんだよ」
「さ、攫うって」
「そしたら練習させてくださいって? 生憎、僕は好きな子が誰かを可愛がるための見本になるつもりもなければ、どうでもいい人間のために一年も同棲してあげたりするほど優しくないんだ。雪斗は僕を聖人君子か何かのように思っていたみたいだけど」
「ん、ンぅ……ッ」
視界も、頭の中も、ちかちかとスパークを起こしている。雪斗は冬弥に抱き竦められ、唇を食べられていた。
食まれ、戸惑う舌を絡めては吸われる。呼吸の仕方がわからず咄嗟に冬弥の浴衣をつかむと、重なった唇が嬉しげに口角を上げた。
「可愛いね、雪斗。ねえ、許さないよ。やっと一年が終わったのに、僕のところからいなくなるなんて。練習が終わったら……次は本番だろう?」
「な、……もしかして、最初から……」
「もちろん。よかったよ、もう一年延長してほしいと言われたら、これ以上は触れるのを我慢できないなって思っていたから」
腰をぐっと抱き寄せられると、腿の裏に兆し始めたものが当たった。
雪斗は発火しそうに顔を熱くさせ、どうしようもなく瞳を潤ませる。
「待って……俺、頭がついていかない……っ」
「いいよ、ゆっくりおいで。エスコートは得意なんだ」
「う、っあ……!」
冬弥は雪斗を抱えたまま、「よっこいせ」と掛け声をつけて立ち上がる。向かう二間続きの奥座敷には、布団が敷いてあった。
いくら経験のない雪斗でも、冬弥の思惑くらいわかる。
だが下ろしてくれとは言わなかった。羞恥と焦燥で叫び出しそうなのをこらえ、失うはずだった恋しい男の首にしがみつく。
「俺……っ冬弥さんと、一緒に、いてもいいんですか……?」
「いてくれないと困るよ」
囁いた声が甘い。嬉しい。冷え切っていたはずの胸中は春うららを通り越し、春の嵐が吹き荒れていた。
「それとね」
雪斗を布団の片方に横たえた冬弥が、幸せそうにとろけた笑みを見せる。この一年そばにいて、見たことがなかった笑顔だ。
つられて微笑む雪斗を見下ろし、同じことを冬弥が思ったなどと、雪斗は知らない。
「荷物は明日の夜に着払いで送り返してもらうよう、さくらに言ってあるから」
「うそ……」
「僕に内緒で荷造りなんかできないよ? 実感してね、いかに君を手離す気がないかってこと」
悪だくみする少年みたいに目を細くして、冬弥は雪斗と手のひらを合わせるように組み、指の関節に口づけた。
「嘘はもう終わりにしよう。僕も、君も」
「……っ」
「そろそろ僕を恋人にして、許可をちょうだい。本気で愛してもいいよって、言って。練習の成果――見せて?」
液体にでもなり果てそうなくらい、甘くとろけた気分だ。
冬弥の頬に両手を添える。こんなふうに触れられることが幸せで、むせび泣きそうだった。
大丈夫。きちんと言える。
一年間も、最高に魅力的な男を、そばで見ていたのだから。
「俺の恋人に、なって。それから……一生愛して」
「――よろこんで」
虚勢も飾り気もない傍若無人な告白を嬉しそうに受け止めた男は、いつにない強さで、できたばかりの恋人を抱きしめた。
END
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