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四輪
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「ノバラ、ボクに絵を教えてはくれないか」
思い立ったらすぐに行動したくなって、思いっきり走った。荒い息を整える前に、美術室のドアを開く。乱暴に開かれたドアの音に驚いたのか、黒い髪の隙間からつり上がった二つまなこを丸くさせ、ノバラはこちらをじっと見つめる。薄い唇が開き、一度閉じて、もう一度開いた。
「どうかしたのかい?そんなに慌ててここにくるなんて」
「絵が、描きたいのさ。突然そう思ってね。できれば大きなものがいい。」
「…そう。そこにあるキャンバス、好きなものを選んでおいで。」
ノバラは、ボクが何故突然絵を描きたいと言い出したのか、深く聞いてはこなかった。白い油絵の具が乗った筆で、使われていないキャンバスを指す彼は相変わらず微笑むばかりで、ボクはごくりと唾をのみ、キャンバスを手に取った。
「絵は。」
「え?」
「絵は、教えることがないのさ。大きな絵が描きたいのなら、別にキャンバスを使わなくても構わない。部屋の中にでも描けばいいし、なんならこの学校一面に描けばいい。君の言う、大きな絵とはなんだい?」
「そ、れは。あまりにも常識から外れているね」
「ふふ、常識。そんなもの、大多数の賛成でつくられた鎧でしかないのさ。人の心を突くには、その鎧を打ち壊すほどの槍がなければ不可能でね。」
「…今日は、随分と饒舌なんだね」
「そうだよ。また君と絵が描けるなんて夢みたいさ」
ノバラは、ずっと白い絵の具ばかり筆の先に乗せていたのに、突然手のひらにべっとりと赤い油絵の具を出した。血の、塊のように見えるソレが少しおぞましく思えて目を逸らすと、ノバラは一歩、ボクに近づいてきて、絵の具のついていない手のひらでボクの顎をそっと掴む。無理矢理に、ノバラと視線が噛み合うように。
にっこりと、妖艶に微笑んだノバラは。ボクの顔から手を離さない。そして赤い油絵の具が乗った手のひらを、べちゃ、っと生々しい音をたてながらボクの頬に塗りつけた。
「なっ!にをしてるんだ!」
「言っただろう?絵に、常識など必要ないと。ボクは今、君をキャンバスにしたのさ。あぁ、そんなに怒らないで。綺麗だよ、君は赤が似合うね」
それは、ボクが昨晩、間宮に言っていたセリフと全く同じであった。まさかそれが、ノバラの口から飛び出すとは思ってもいなかったので驚き呆けて突っ立っていれば、ノバラはボクの顔から手を離し、汚れた赤い手のひらを、あんなに丁寧に、白く、白く塗りつぶしていたキャンバスにぴとり、とくっつける。
「はは。情熱的だね」
天才の考えていることが、よくわからない。初めてノバラが恐ろしいと思った。…はずなのに、この、背中に走る悪寒をボクは知っている気がしてならない。
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