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Ωとの再会
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悲劇が起きたのは、梅雨が明けたにも関わらず
雨が降る日の事だった。
普段はあまり外に出たがらない志貴が、
珍しく見たい映画があると言って俺を誘ってくれた。
題には”運命”だとか”番”だとかの文字が長々と並んでいた気がするが、
…正直、覚えていない。
その内容は、αの友人に恋をしたαが、番になれない自身の身体を憎み、
Ωになりたいと嘆きながら自殺してしまう悲恋もの。
一方で友人の死を受けて心に深い傷を負ったαだが、
結局最後は運命の番に出会って終わる。
「君のお陰で世界は再び色づいた。」
なんて決め台詞に、思わず笑いそうになった。
αがΩになる事を望む?
αという素晴らしい友人を失って、Ωを選ぶ?
俺にはまったく理解できない世界だ。
けれど志貴は、真剣にスクリーンを眺めていた。
「結構よかったな。映像の移り変わりや挿入歌は綺麗だと思ったよ。」
曖昧な感想を述べる。
あくまで物語そのものには触れず、
有名監督の作った作品を”作品”として誉める。
志貴はそんな俺の話に相槌を打ちながら笑って聞いていた。
どこか物憂げな表情の真相は、
俺にはわからなかったが。
映画館を出て、交差点のそばを歩いていると、
ドンっと志貴の身体が揺れた。
一瞬にして志貴の表情が変わる。
──酷く冷たくて、嫌悪感にまみれたそれに。
志貴にぶつかったのは、フードを被っていてよくわからなかったが
おそらく同い年くらいのΩだった。
「ったいな…。前見て歩いてよ。」
「…失礼しました。」
Ωに触れた肩やらをパンパンと払っている志貴を見て
優越感に浸る。
やっぱり志貴のような男と触れ合えるのも、
笑い合えるのも俺だけだ。
志貴とは別に番になんかならなくたって、
ずっと一緒に居られる自信があった。
志貴の隣に居る者として、ふさわしいのは俺だけだ。
志貴のように優秀で、一つも挫折の経験を味わったことの無いような完璧な男ならば、
俺の隣にもふさわしい。
「行くぞ志貴。いつまでも汚ねぇもん見てんじゃねえよ。」
「…あぁ。」
だが、志貴が踵を返したその時。
「危ないッ!!!」
すぐ近くでそんな悲鳴を聞いた。
俺の隣に居たはずの志貴は道路に飛び出していて、
志貴の目の前にさしかかった乗用車の耳を割くようなブレーキ音。
……?!
いくら志貴でもこんな近距離に迫った車を避けるなんて出来ない。
「っ、志貴!!!」
俺の伸ばした手は空を切って
代わりに鈍い音が辺りに響いた。
俺は慌てて志貴の元へ駆け寄った。
だが、じわじわと道路に広がる赤に
思わず身体が強張る。
志貴の意識は無かった。
「っはは……あはははははっ!!」
緊迫した空気の中、
すぐ後ろで聞こえたのはこの状況にそぐわない奇妙な笑い声。
何だ……?
振り向いてハッと息を飲んだ。
ドクリ──。
心臓は今までにない音を立て、
ぶわっと熱くなる身体。
「……まえ…何で……。」
「あ、覚えててくれたんですか僕の事。
それとも身体が忘れてないのかなぁ…。」
傘もささずにフードを被ったそいつの顔は見えない。
けれど、フードの下から覗く頬の傷には
見覚えがあった。
「だって僕、あなたの番ですもんね?」
「…お前ええええっ!!」
俺は思いつく限りの暴言を吐き続けた。
言葉だけでは事足りず、慣れない暴力も振るったかもしれない。
だがその声も力も救急車が到着する頃には枯れ果てて、
その代わりに枯れる事を知らない涙だけが、
真っ赤に染まった志貴に降り注いでいた。
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