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弟のジェラシー
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忍との交際が深まる一方で、静馬とは不協和音が続いていた。
仕事が忙しいらしく、休日も家にいない日が増えた。会話は続かず、触れようとすれば避けられる。最近では目も合わなくなった。
思うに忍との面会の件、すっかりばれているんじゃないだろうか?……もしそうなら、勝手にしろってことなんだろうか。
嘘をついている後ろめたさもあって、送迎の車内にはいつも気まずい沈黙が流れている。
「いつまで部活続けるんだよー」
久し振りに家族みんなでとる夕食。食卓に並んだ宅配ピザをにらんで、双子の弟は不服そうにぼやいた。
「ごめん、なんか頼られちゃって、抜けるに抜けられなくてさ。ほら、家政部は今まで女子しかいなかったから、力仕事とか」
「力仕事ー?楓がー?」
梗は刑事みたいな目つきをして、楓をぎくりとさせた。
「部活で作った菓子持って帰ってきてるだろ?それで許してくれよ」
「……でも、なんかあんまおいしくない。硬かったり、しょっぱかったり」
「学校の調理実習室、必要な器具がそろってなくて。材料も限られてて思うようにいかないんだよ。これからがんばるから、な」
楓がなだめすかすと、梗は乱暴に目前のマルゲリータピザをつかんで口に押し込む。
「わざわざ学校で作る必要あんの?どうせ料理するなら家でやればいいじゃん!出前やだ!楓の料理が食べたい!」
「梗、わがままを言うんじゃない。たかだか週に1、2回のことだろう」
見かねた静馬が穏やかに叱る。
「でも、はじめは月に1度って約束だったのに」
その時だった。楓が学校から持ち帰った菓子をつまんでいた葵が、ふと首を傾げて言った。
「?兄さん、このドーナツ、きな粉がかかってるよ」
それはよりにもよって梗が一番嫌いなスパイスで……
「ひどい楓!俺が苦手なの知ってるくせに!」
「ご、ごめんっ、そうだっけ?」
「……もう、いい!」
憤慨(ふんがい)した梗は食べかけのピザを放って、部屋に戻ってしまった。バタン!と荒々しく扉が閉められ、楓はあちゃあ!とひたいを抑える。失敗した。
「気にすることないよ兄さん。あいつ最近勉強ばっかでイライラしてるんだ」
家族に秘密を持つ罪悪感が頭に重く圧しかかる。
これ以上はダメだ、こんなこともう止めなきゃと思っているのに、忍に会えば楽しくて、ついまた次の約束をしてしまう。なんだか歯車が狂いはじめたような気がして、不安で、怖くてたまらない。
その夜、悩みに悩んだ末、楓はやっと決心した。
やっぱり家族を裏切るなんていけないことだ。これ以上誤魔化すのも無理そうだし、もう忍に会うのはおしまいにしよう。
「部活、今日までにするから」
翌朝、楓は拗ねはたばっている梗をつかまえて告げた。
「えっ……」
「もともと少しの間だけって約束だったし、梗の言う通り、料理なんて家で作ればいいしさ」
忍のことは好きだし、いい友達にはなれると思う。でも、親子にはなれない。己の家族はやっぱり永滝のみんなで、忍は彼等より優先されるべき存在ではないのだ。いっしょに暮らすという話も、楓にその気がない以上、期待を抱かせたまま長く待たせる方が残酷だ。
「明日の夜なに食べたい?野菜がたくさん余ってるからラタトゥイユかアヒージョか……久しぶりにチーズフォンデュやろうか?梗好きだろ?」
「……俺、いい」
「ええ?」
「晩飯なんかいらない。楓、本当は部活続けたいんだろ。好きにすればいいじゃん」
梗は楓にくるりと背を向け、己の爪先に向かって言った。
あちゃ、まだ拗ねてる……
「本当にごめんって。お前ジャンクフードとか嫌いなのに、無理させて悪かったよ。明日からはちゃんと毎日作ってやるから」
「そうじゃない!そういうこと言ってるんじゃない!」
楓は困惑して、梗の頑なな背中を見つめた。
「わからないよ梗。どういうこと?どうして怒ってるの?」
「夕飯なんて本当はなんだっていいんだろ」
と、助け舟を出したのは騒ぎを聞きつけて現れた葵だ。
「梗は兄さんを学校のやつ等にとられたくなかったんだよ。こいつ、兄さんのこと本物の母親以上に思ってるから」
楓ははっとして梗を見た。「梗、そうなの?」
「……食事はみんなでとるって、約束だろ」
弱弱しい声で指摘されて、目の覚める思いがする。
塾がある日は双子が夕飯までに帰ってこられないし、部活がある日は楓が帰ってこられない。休日はたまった家事をこなすのに一生懸命で、最近いっしょにいられる時間をとれていなかった。
(……そうだよな……)
身体は大きくなっても、双子はまだ中学2年生。実質の保護者である己が頼りないせいで、反抗期に突入することさえできずにいる。そうでなくても、梗はもともと甘えたがりの性格だ。
梗のいじけた時のアヒルみたいに突き出した口、久しぶりに見た。
お腹の底から温かい気持ちがわき出して、楓はふっと微笑んだ。時間の許す限り、この愛すべき家族と一緒にいたい。
「うん……ごめん。これからは毎日ちゃんと帰ってくるから」
「楓は俺等より、友達といる方がいいんだ」
「そんなわけないじゃないか!前にも言ったろ?俺はお前たちといっしょにいるのが一番楽しいんだって。家政部の先生いい人だから、断り辛かっただけだよ。今日ちゃんと辞めたいって言ってくるから」
「……本当に?」
「本当に。さあ、機嫌なおして朝ごはんにしよ。昨日食べてないから、お腹空いたろ?」
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