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66.胸騒ぎ(透side)
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はっきりとはよく分からないが、最近ザワつくような、嫌な胸騒ぎがするのをよく感じる。
「あれ?珍しい。お前が煙草を吸ってるなんて」
部屋の窓を開けてふう、と煙を吐き出したとき、後ろからガチャっというドアの開く音が聞こえると共に朔夜の声がした。
「ノックしろよ」
俺は後ろを振り向かず煙草を手に、暗い星のない曇った空を見つめて言う。
朔夜は悪い悪い、と言いながら俺の席に堂々とどかっと腰を下ろして座った。
「悩み事かよ、また」
朔夜は椅子を少し回転させながらいつものニヤついた面白半分の顔で俺に向かって尋ねてくる。
「悩みがあったとしてお前に言うか」
怪訝に顔をしかめる俺に朔夜はひで〜な〜と全くダメージを受けた様子もなく肩を竦めて言う。
「何年お前といると思ってんだよ、つうかお前が悩むことなんて始めから1つしかないじゃないかよ」
やれやれといった手振りをする朔夜に俺はちっと舌打ちしつつ朔夜から目を逸らす。
「…嫌な感じがしてよ」
煙草を吸いながら俺は空を見つめ、凛人の顔を頭に思い出す。
「嫌なって、何かが起こるってことか。例の子に」
「分からない。ただ、そういう予感がするってだけで」
「阿呆、何言ってんだ。お前のそういう予感って99パーって言ってもいいくらいこれまで何度だって的中してきてんだぜ。野生の勘なのか何なのか知らねえけどよ」
朔夜はそう言ってガタッと席を立った。
「何でもいいけど、大事にはならないようにしろよ」
俺の隣に立つ朔夜が珍しく真剣な顔をして俺を見て言う。
「会社がどうのとかじゃなくって…お前が本気で暴れたら、止められるのは俺しかいないんだからな」
朔夜の真剣な瞳を見て、俺は眉を寄せて目を逸らす。
「うるせえな、一々てめえは」
「透」
「俺はお前に止めて欲しいだなんてこれまでだって1度も頼んでねえ」
俺は鞄を手に取り、朔夜を残して部屋をあとにした。
凛人は、確実に俺に何かを隠している気がする。近頃のあいつの見せる表情や言動は、どう考えてもおかしい。
俺は車の運転席に座り、バンっとドアを閉める。
…ただ、それが何なのかが分からない。あの店に行って探りを入れてもいいとも思ったが、どうにも実行できない。…一体何故だ?
ああ、きっと、恐らく俺はあいつのことを、…信じていたいのかもしれない。
ー
「おかえりなさい、透さん」
家に帰ると、エプロンを身につけた凛人が仄かに笑って出迎えた。
「ああ。今日は少し遅くなった」
「そうみたいですね。」
凛人はそう言って俺の鞄を受け取り、気のせいか少し顔を俯かせもじもじとした。…うん?なんだ?
「透さん、僕渡したい物が」
凛人はそう言ってたたっと部屋の奥に駆けていった。わけもわからず俺はとりあえず部屋に上がり、キッチンテーブルに置かれた夕飯の献立を見ながらネクタイを緩めた。すると、
「と、透さん」
再び目の前に現れた凛人が、俺に何かを差し出した。これは……花?か?
「何だよ突然」
怪しむように凛人を見つめると、凛人は違うよっ、と声を上げる。
「変な罠とかじゃないからねっ!もう使わない花が余ってたから、それを花束にして…」
凛人はそっぽを向きながら話している。
「透さん、花とか好きじゃないだろうけど…」
「…」
「へ、部屋に飾っておくね」
中々俺が受け取らなかったからだろうか、凛人がふとそう言って俺の前から踵を返そうとした。
「待てよ」
すぐに凛人の細い腕を掴むと、凛人は動きを止め、ちら…と俺の方に恐る恐る顔を上げ、大きな瞳を向けてくる。
もしかして、……本当に俺の為に…?
「凛人、これはどういう意味の花束だ?」
びくり、凛人が体を跳ねさせる。花からは、凛人と同じような甘い匂いが漂っている。
「い、意味なんて、ない」
「だが少なからずとも、お前は俺を思ってこんなものをくれたわけだ。」
「っっ」
凛人の頬がカッと赤く染まる。
肌が白いため、こいつの顔色の些細な変化にはよく気づく。
俺は凛人から貰った花を受け取り、薄らと笑って言う。
「受け取っておこう、お前の俺に対する気持ちをな」
意地の悪い顔をして凛人を見れば、違うっっ!と凛人は反発してくる。
「僕はっそんなつもりで渡したんじゃ…」
「わかったわかった」
まだ何か言ってくる凛人の頭をぽんぽんと手で撫でると、凛人はム、とした顔で俺と同じように食卓の席へと腰を下ろした。
「ここにこの花飾っておこうか」
「…元々期限切れの花みたいなものだから、水を変えても持って1週間とかだよ」
「なんだよ、せっかくお前から貰ったものだったのによー。そんなにすぐ枯れちまうのか」
花ってのは弱いなー。そう言いながら花を机の上に置けば、貸して、と凛人が言って立ち上がる。
「生けとかないとすぐ駄目になっちゃう」
花瓶を棚から出す凛人に俺は目をやる。花を持ち、水を入れた花瓶に生ける凛人の姿に目を惹き付けられる。
「…お前は花が似合うな」
「えっ」
凛人は俺を見て、戸惑った顔をしている。
そうだ、凛人はまさに花のように可憐で美しい、ただその場に佇んでいるだけで、他の者の視線を一気に奪ってしまうような甘い白き魅惑的な花。
……何故、お前を愛してしまったのだろうか。
よりにもよって、何故お前のような無垢でいかにも弱々しいやつを、俺は好きになってしまったのか。
俺とお前は何もかもが違う。違いすぎている。
お前が穢れを知らない無垢な花だと知れば知るほど、自分がお前に相応しくないことを思い知らされて、苦しい。
…だけど、愛している。
どうしようもなく、お前のことを、愛してしまっている……。
「透さん、どうしたの?」
視線を伏せる俺に向かって、コトン、と机上に生けた花を置く凛人が不思議そうに尋ねてくる。
「別に」
だけど凛人、…もし何かがあった時は、俺はお前に容赦しないぞ。俺はお前を好きだが、俺は優しくなんてなれないからな。例えお前を泣かせても、恨まれても、俺はお前を一生俺の手の内から手放したりなんてしないぞ。
だからもう、…絶対に俺から逃げるんじゃないぞ、凛人。それはお前もよく、分かっているはずだな…。
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