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2.犬の役目
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「ただいま」
男が帰ってきた。一体今日が平日なのかどうかも分からない。死ぬ間際から僕は日にちの感覚を忘れていたから。
「ポチ〜お家でいい子にしていたか?」
男の無駄に広いリビングの部屋の隅に身を隠すように座る僕の傍まで仕事から帰宅したのだろう男がやってきて、僕の顎をまるで猫にするようにこちょこちょと触る。
「っ、や、やめてくださ…」
「犬なら抵抗、反抗するな」
え…っ…。
ゆっくりと顔を上げて振り向くと、昨日と同じようにスーツを着、髪を整えた黒髪の男が怖い顔をして僕を見ていた。
「犬はやめてください、なんて言わない」
そう言ってしゅる、とネクタイを外す男のすました横顔を僕はキッとバレないように睨みつける。
…人間のクズめ。確かに死のうとした僕もクズだが、この男だって同じくらいクズだっ!
ふと、ちら、と男の目がこちらに向かれ、僕はそれにビクッと怯む。
男はそれを見てにやっとした顔つきをして僕の傍に屈んだ。
「ふーん。」
「……」
な、なんだ…!!
「よく似合ってるじゃないか。首輪」
「…!」
男の手が僕の首元に付けられていた首輪を触りながら言った。これは昨日この男に無理矢理嵌められたものだ。首輪には鉄製のチェーンが繋がれており、それは長く、この男の部屋の範囲をどこでもうろつくことができる。但し玄関より外には出られないようになっている鬼畜仕様だ。
「家の中で飼われている犬の気分はどうだ?うん?」
男は優雅に口元を綻ばせながら羽織っていたスーツを脱いでいく。
「何も1日しないでいい、食べて、トイレに行って、寝て、また食べて。それから夜俺が帰ってくるのを待ってればいいだけだ。」
「……」
「どうだ、お前に相応しい役目だろう?」
「……」
何も言えない。
何も反論することができない。黙っていると、男に片手で頬を挟むようにぐいっと掴まれて顔をあげられて、僕は必然的にこちらを見る男と目を合わせる形になる。
…整った鋭い眉毛。
「何を見てる」
「…!」
は、僕は何をしているんだ、こんな状況で僕はこの男に見惚れていたのかっ?そんな馬鹿な…。
「おい呆けてないでよく聞けバカ犬」
「ッ!」
…違う。そんなんじゃない、見惚れてたわけじゃない。そうだ、違うんだ。ただ、この男の顔が目の前にあったから、じっと見ていた、それだけのことだ。こんな男に、見惚れるなんてそんな思い違いしただけでも悔しくてむかついて舌を噛んでしまいそう。
「普通、犬はこうして人間に飼われて甘やかされて育っている。が、お前はまだその犬の務めすらまともに出来ていないな」
「…は……」
なんだ、何を言っているんだこの男は。真面目な顔をして。そもそもこの男は一体誰なんだ、名前も何も明かさず、こんな誘拐じみたことを堂々と。いや、こいつの名前が知りたいというわけじゃ決してないが。
「犬は愛想を振り撒く。媚を売って、ご主人様に餌をくださいと擦り寄ってくる。それが犬だろ」
……ッ!!
……わかった、この男の考えていることが。最初から僕をこうして膝まづかせて自分に有無を言わせず従わせるペット(下僕)が欲しかったんだ。なんだこの男…、薄気味悪い笑顔を浮かべてこちらを見下ろして、この変態男が…っ!
「ほうら、お昼は犬のお前の為にそこそこ高めのカツ丼を届けさせて食わせてやったんだぞ。夜は何にしようか。食いたいなら、俺に愛想をちゃんと振り撒いてみせろ」
ほらほら、男はそう言って僕の顎をまたちょろちょろと触った。……なんて意地の悪い男なんだ。ただでは飯は食わせないってことか。まあ確かに見ず知らずの男にただで飯を与えるなんてことのできる人間がいる方が珍しいのか、この世の中は。だがしかし、…なら何であの時僕を助けたりしたんだ。それにわざわざ部屋に連れ込む必要だって、それこそなかった。それなのに、それほどまでにこの男はこういう、奴隷が欲しかったのだろうか。…自分の言うことなら何でも聞く、犬が。
「……」
「黙ってても飯はやらねーぞ」
「……」
「何かお前からきちんとアクションとらねーと…」
どんっと、僕は意を決して男の胸の辺りをさほど無い貧弱な力で目一杯押した。男はその場に尻もちをつき、すぐさま僕を見て驚いた顔をしている。
「なにを」
「犬なんでしょ、僕はっ」
僕は男のズボンのチャックをジーッと勢いよく下ろした。頭の中は真っ白だった。ただどうすればいいのか分からないなりに考えたら、これしか思いつかなかった。
「、…何をしてる!」
男の黒いパンツが見え、そこに手を伸ばそうとした時、男にガッ!と腕を強く掴まれた。痛い、男の爪が皮膚に食いこんで、声にならない声が上がった。
「ぁ…ぅっっ」
男にそのまま体を後ろに跳ね除けられ、僕は床に体を転倒させた。
「…ふざけた真似してんじゃねえぞガキ」
「……」
なんで、そんなに怖い顔で僕を見下ろすの。
僕が、あなたに一体何をしたと言うの……
「犬がこんなことすんのかよ」
「……」
「死に損ないな上にとんだ変態野郎だなお前は」
男はそれだけ言うと床に体を倒し顔を俯かせる僕を無視してリビングを出て行った。
ああ……本当にこれが、夢だったらいいのに、
死にたい、死にたい、死にたい……神様…
僕はおえっとえずいた。
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