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幸せ者ですね
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翌日、日曜日。
僕は病院にいた。
黄瀬くんの病室の前。
ここまで看護婦さんに連れてきてもらった。
ドアの前で、僕は覚悟を決める。
震える手で、恐る恐るノックした。
その瞬間、誰かがドアを空けてくれた。
「……テツ」
「青峰くん……。皆さんは中に?」
「あぁ、いるぜ。入れるか?」
「押してくれるとありがたいです」
そういうと、青峰くんは僕の背後に回り、押してくれる。
中に入り、ドアを閉めると途端に訪れる静寂。
誰も声を出せないでいる。
それを破ったのは、
「…………テツヤ……」
「っ、赤司くん……」
赤司くんだった。
赤司くんの呼びかけに、あからさまに肩をびくつかせてしまった。
嫌でも思い出されてしまう過去に、どうしようもなく震える。
囲まれている。
かつてのように。
仲間だったころのように。
裏切り者だったころのように。
思い出される声。
共に笑いあった声。
降り注ぐ怒りの声。
肩を叩きみんなで笑いあった。
殴られて独りで泣いていた。
怖い。
震えが止まらない。
必死に抑えようと両手を握り締めるけれど、一向に収まる気配はない。
心臓の音が耳の奥から鳴り響いているようで、頭にまで響く。
息ができない。
くらくらする。
『裏切り者!』
嫌だ。
『最低っスね』
違う。
『不愉快なのだよ』
僕じゃない。
『近寄んないでくんな〜い』
やめて。
『消えろ。おまえは邪魔だ』
もう、いなくなるから。
『 もしもバラせば、今度はこいつらを破滅させるよ? それでも、いいの? 』
だからもう……、
「……もう、……やめてよ……」
「テツ? どうした?」
どうしてこうなるの?
「大丈夫っスか?」
僕がなにかしましたか?
「黒子?」
ただ僕はバスケがしたかっただけなのに。
「黒ちん?」
みんなで楽しくバスケさえできれば、それでよかったのに。
「テツヤ……?」
どうして僕ばかりがこんな目に遭うの?
「助けてよ…………」
もう、生きていたくない……。
「テツ!」
青峰くんの大声で我に返る。
「は……い? 青峰くん?」
「おまえいま……!」
「………………?」
「生きていたくないって……言ったっスよね」
「へ……?」
「自覚してないのか?」
みんなの言葉が、よくわからない。
僕はいま……?
「…………すまなかった」
赤司くんが言った。
悔しそうに。
苦しそうに。
「おまえが、そこまで追い詰められているなんて、思いもしなかった……」
赤司くんはそういいながら、僕に近づいてきた。
「いや、思いたくなかったんだ。おまえが裏切り者だと信じてしまっていたし、正直怨んでもいたから」
しゃがみこんだのか、声が下から聞こえてくる。
「でも、黄瀬たちに言われて白川について調べたんだ。そうしたら、あいつがおまえを嵌めたことがわかった」
僕が握り締めすぎて爪で抉ってしまい血が滲む手を、優しく包み込んだ。
それにも、赤司くんの手ってだけでびくりと震えてしまう。
それに、赤司くんの言葉が少し詰まった。
しかし、話を続けた。
「すまなかった。謝って許されないことはわかってはいる。でも、ここまで追い詰めてしまったんだね」
僕の手に額をつけて、懺悔する赤司くん。
それに、泣き声が重なった。
「黒ちん、ごめんね。俺、気づいてたのに守れなかった。ごめんね。ほんと…………ごめん……っ」
「紫原くん……」
それぞれ謝って、泣き出してしまう。
みんな必死に我慢しようとして、上手くいかないようだった。
それに、僕は笑った。
「あはは……」
突然笑い出す僕に、皆さん驚いたようで、泣き声がぴたりと止まった。
「僕は、幸せ者ですね」
その言葉に、キセキなにも言えない。
でも構わず僕は言う。
「みんなにこんなに想ってもらえるなんて、もうないことだと思ってました。もう、元には戻らないだろうと」
いまから戻ることはできない。
完全に元通りなんてことは絶対に無理なのはわかっている。
「でも、またみんなとこうやってお話ができる。またみんなと笑い会える。それが叶うなんて、僕は幸せ者です」
嬉しくて、口角が上がる。
あぁ、また一緒にいることができる。
「嬉しいです。嬉しすぎて、夢なんじゃないかと思ってしまいます」
青峰くんとずっとバスケの話がしたかった。
黄瀬くんとずっとじゃれあいたかった。
緑間くんとずっと本の話をしたかった。
紫原くんとずっとお菓子を食べたりしたかった。
赤司くんとずっとプレーの仕方を話したりしたかった。
もう無理だと思っていた。
叶わない願いだと思っていた。
妄想だけの世界だと思っていた。
まだ怖いと思うこともある。
でも、それでも嬉しい。
「ありがとうございます、皆さん」
そう言ったら、また泣き出してしまった。
でも最後には笑いあえた。
ねぇ、白川くん。
いま君には、大切な仲間はいますか?
自分のことで泣いてくれるひとはいますか?
――――大事なひとに、会えましたか?
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