アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
絶望は甘い罠3
-
足元の人形は、手に金糸雀色のハンカチを持っていた。
足から体をよじ登って、肩に乗ると、頬を伝う涙を拭ってくれる。
「…ありがと」
人形の顔や体は羊毛フェルトでできており、様々な飾りとカラフルな洋服を纏っている。
「うん、大丈夫」
羊毛フェルト製の人形は、黄色い頭で木製のボタンの目をしている。
この人形は一番最初に作った人形だ。
まだ老師の弟子として修行を積んでいたときに、精霊の言霊がわかると知った老師が教えてくれた。
初めは、針と糸の使い方になれず、さらに羊毛フェルトという未知の素材に苦戦して何度も手に針をさした。
だから、作りが甘いし、所々縫い目も荒い。
でも未だにこうして使役するほど愛着がある。
人形は、心配そうに涙を拭うと顔を近づけてくる。
「っおい」
彼は、人形の頭を片手で掴んで勢いよく地面に叩きつける。
遅れてバキという音がした。
「…身の程を知れ」
人形は、地面に顔を擦り付けられる。
あたりどころが悪く、ちょうど目の代わりに縫い付けてある木製のボタンに当たったらしい。割れていた。
「てめぇ、一寸でも人間と同じように振る舞っていいと思ってんじゃねぇ」
命は万物に宿ると言われている。
置き去りにされた思念や、気持ちが集まって宿った先が人形。
大量に愛玩目的で作られた多くの人形は、もてはやされるものの、時代とともに忘れさられ、やがては捨てられる。
大切にされ、一生を終える人形は一握りだ。
大体は、ゴミとして葬られる。
彼は、供養されずに宿った微かな命の囁きに共鳴し、微小な命の息吹を増長させて従える。
それは『命』という名を持ちながら人類とは異なる生命体。
つまり、それを魔術師達は『精霊』と呼ぶ。
彼が従えるのは、人形に宿した微かな残滓。
人間とは異なる力を持ち、異なる言語を囁く生き物だ。
人形の感情は純真にして無垢。
ストレートな感情と悪気のない念に振り回される事も多い。
故に、扱いが難しく、魔術師の中でも無数の精霊を扱える者は限られる。
精霊は人間ではない。
けれど思念は持っている。
大切にされたい
愛されたい
大事にされたい
そう言った飢えた思念が強くなればなるほど、扱いが難しい。
「…感傷もへったくれもあったもんじゃねぇな」
前髪をかきあげながら顔を上げる。
低い声で、睨めつけて見下ろす。
人形は、言語を話さない。思念で会話をする。
例えるなら音に近いだろうか。
わずかな音のような囁きに、耳を傾ける。
「人形の分際で、欲情してんじゃねぇ…頭かち割んぞ」
わかりやすく人形は頷いていた。
人形は、彼への思いが強くなるばかりに、キスをしようとしたことを酷く怒られた。
主人の涙に同情し、思いを寄せるあまりの行動だった。
だが、度が過ぎれば怒られるのは当たり前。
それでも、一線を超えて行動してしまうこともある。
だから、彼は人形に名前をつけていない。
「おい、そこのお前…なに、人形と話している?」
眉間にシワを寄せた軍服の男がこちらを怪訝そうに見ていた。
眉毛は太く、目はぎょろぎょろしている。
腕には腕章があり、とてもたくさん星がついている。
「…っち、マジかよ」
小声で舌打ちをした彼に、男が近づいてくる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 10