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「あんた、変わってるなぁ。今まで何人もあんたらみたいなのを見送ってきたけど、客のとこに帰るやつなんて初めて見たよ」
事務所の前に用意されていた黒塗りのクラウンに乗り込み、窓の外の景色をぼんやりと眺めていたら運転手の男が突然声をかけてきた。
「どんなに反抗的なやつもさ、久しぶりに家族と会えた時は嬉しそうな顔してたよ。やっぱり家族って特別だよな。あんたはそうじゃないのか?」
島木さんが用意してくれた運転手のおじさんは白髪混じりの黒髪を綺麗に後ろへ撫で付けていて、左の眉尻に切傷のような跡があった。
「…そりゃ、会いたいですよ」
「ん?悪い聞こえなかった。なんだって?」
「…なんでもないです」
おじさんには届かなかった家族に会いたいという本音を口に出した途端、大声で泣きわめきたい衝動に駆られた。
椎葉さんから差し出された手を取ったのは自分だ。でも、今更になって他に選択肢は無かったのだろうかと考える。そして、この判断が本当に正しかったのかということも。
考えても考えても答えは見つからない。
「…まあ、俺が言えたことじゃないけど人生色々だよな」
なんでもないと言いつつ俯いた俺に気を遣ったのか、おじさんはそれ以上なにも話しかけてはこなかった。重苦しい空気に包まれた車内にクラウンの静かなエンジン音だけが響く。せっかく地下から出て来られたのに、酷く、息苦しいと感じた。
「おい、着いたぞ。起きろ」
気が付くと、知らないうちに寝ていたらしい俺を運転席から身を乗り出したおじさんが起こしてくれていた。
「あ…すいません。俺、寝てたんですね」
「おう。起こすのが勿体無いくらい気持ち良さそうに寝てたぞ」
「…恥ずかしいです」
軽く乱れた髪を整えながら車から降りる。降りてすぐ目に飛び込んできたのは、見たことも無いくらい立派な和風の屋敷だった。
俺の背丈よりもずっとずっと高い門はしっかりと閉ざされていた。そしてその門の隅に、申し訳程度のインターホンが付いている。
「…お前と懇意なお客って、この人だったんだな」
「え?椎葉さんを知ってるんですか?」
「そりゃあな。まあ、あんまり気にすんなって」
「はあ…」
トランクを開けて、おじさんはあまり大きくない俺のカバンを手渡してくれた。幼稚園に行く子供を見送るお母さんのような仕草で、カバンが優しく俺の肩にかけられる。
「荷物、こんだけか?」
「…はい」
「そうか。じゃあ…気を付けてな」
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