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プリン
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「・・・好きって、・・・どういう意味?」
ルカは相変わらずの真顔だ。その吸い込まれそうな目をみているともう、誤魔化せもはぐらかせもできないと悟った。
「好き・・・って・・・、すきだって、こと。」
自分の声とも思えない掠れた声が出て。ルカの目が、こちらを見ていた。蛇に魅入られた蛙のように、俺は動けない。ただただ、ルカの目を見つめ返している。
「・・・それは、恋愛?」
ルカは、俺のほうににじり寄ってくる。
ルカの口が動くのが、ゆっくりとスローモーションに見えた。
声が出なかった。わからない。ただただ、ルカのことを考えている時、心が楽しくなったり、苦しくなったりする。味で言うなら、苦くて、そして甘い。この気持ちに、名前は多分付けようがない。だってこんな気持ちは初めてだから。ただただ、一緒にいたいと思う、それが恋愛なのかすら、わからない。
そういう全てを伝えるのが、怖かった。伝えてしまったら、どんな反応が返ってくるのだろうか。知りたくてルカの目を見つめるけれど、ルカの目には、光がない。光を吸収してしまって、真っ暗に見える。意思がわからない。怖い。
「・・・」
沈黙は重かった。ルカは、相変わらず真っ暗な目で俺を見ている。こんなルカの表情は、今までみた事がなかった。
俺を軽蔑しているのだろうか。
離陸の一歩はどう足掻いても怖いから、俺は、意を決して言葉を押し出した。
「そう、だ・・・恋愛だ・・・、っ、だって、ルカが好きな人に嫉妬してる。・・・好きなんだ、ルカが、・・・すきだ。」
「・・・・」
ルカの表情は驚きが加わっただけで、変わらない。
やってしまった。俺は、大切な友人を失ってしまったのかもしれない。
「ごめん」と謝ろうとしたその時、ルカが俺に覆いかぶさってきた。
「え?え?っ、」
視界が反転して、天井が見えた。首筋にルカの息が掛かる。ルカの髪の毛が俺の視界の端に入るし、体重が柔らかくのしかかってきているのも感じる。肩に回された手が、力を込めて俺を抱きしめてきて、俺は緊張感とか色々な何かで声を上げそうになった。
「ハル・・・」
ルカの声が間近で聞こえる。俺は、反射的にルカを押し返そうと暴れた。
「ま!・・・、てって・・・!わ、やめろ、近い近いちかい、」
ルカはそれでも構わず抱きしめてくる。そうして、耳元でポツリと言った。
「待たない。もう、何年も待ってたから。」
俺はその言葉の意味を理解するのに、暫く時間が掛かった。
そして結局、よくわからなかった。
「・・・どういうこと・・・」
ルカに頭を撫でられながら聞くと、ルカは手を止めてこちらを見た。
「・・・僕、ずっとハルのこと好きだったんだよ。・・・」
その目が相変わらず光を吸い込むような目で、俺はやっと理解した。
興奮して、瞳孔が開いてるんだ。
急に怖くなった。
ルカのことは好きだけれど、生々しいことは何も考えられていなかった。
だから、誰かに欲望の対象として見られていることに本能的な恐怖を感じて、俺は固まってしまった。
「あ!、わ!、っ、ま、ま、って、」
ルカが俺の顎をつかんでキスしようとしてきたから、びっくりして大声を上げてしまった。
「・・・!!・・、」
ルカはその声にはっと我に返ったのか、俺の上からぱっと離れた。軽くなったはずの体が、重く感じる。どく、どく、と、自分の血流の音がうるさい。俺は目をつぶった。
「だ・・・って!・・・ルカは、好きな子がいるって・・・」
頭の中が支離滅裂で、上手く喋れない。俺は、まだルカが上に載っているかのように、息継ぎしながら言葉を押し出した。
「それ、なのに、・・・俺のこと・・・。」
言いたいことはいろいろあった。しかし、もう何から話したらいいのかわからない。
「・・・ごめん、怖かったよね。・・・」
ルカの声が少し離れた位置から聞こえる。その声はさっきまでの、何かを押し殺したような無機質なトーンではなくて、罪悪感が混ざった声だった。
俺は少し安心した。
目をつぶったせいか、色々な音が聞こえる。隣の部屋のTVや、どこかで鳴いている犬の声。
そして、俺と同じように乱れて、緊張したように詰まっているルカの呼吸音。
「ハル、全部話そう。」
促され、俺は目を開けて起き上がった。
「うん、聞く。」
そこにいたのはいつものルカだった。
「あの・・・まず、僕、ゲイです。隠しててごめんなさい。」
ルカが口を開いた。正座して、俺の真正面に座って、体を縮ませようとしているかのような、まるで悪さをしてしかられる犬みたいなたたずまいだった。
「うん。」
知らなかった。そんな素振りを見せなかったから。
「あと、ハルさんが、好きです。高校のときから、好き。」
「・・・うん・・・」
それも、知らなかった。俺はただ返事をすることしか出来なかった。
不思議と、ルカに恋愛対象として見られていたことは、嫌ではなかった。それで高校時代の思い出が歪むような感じもしなかった。ただ、さっきのような肉食獣の目で見られるのは、怖いと思った。
「・・・じゃあ、俺も本音を言うけど、・・・ルカが、好きみたいだ。大好きなんだ。」
「うん。」
「でも、ルカに好きな子がいるなら、諦めるべきなのかと思った。」
「・・・ハルさんのことだよ・・・好きな子って・・・」
ルカはすねたようにそっぽを向く。俺は、頭を殴られたような衝撃を感じた。
「ひたむき」で「友達のような」ひと。・・・俺のことだったのか・・・・!
「・・・ルカは、俺の前で俺が好きだって言ってたってこと!?」
「・・・うん。・・・」
「う。わ、わぁぁあああぁぁぁ・・・」
言葉が出てこなかった。
「ルカ、俺は、あまりルカのことをわかっていないのかも知れない。」
「僕だって、ハルさんのことを全部知ってるわけじゃない。」
ルカの目が少しだけ影を帯びた。さっきの本能的に逃げたくなる目の暗さと違う、哀愁を帯びた目つきだった。
俺たち両思いなのに。どうしてそんな目をするんだ。
「・・・ハルと、ずっと一緒にいたいけど・・・それでハルは幸せなのかな、と思って。」
なんとなく、ルカの言わんとしていることがわかってきた。
「障害のない恋愛なんてないだろ、同性愛であれ異性愛であれ。・・・でもさ、今そんな偏見少ないだろ。」
「うーん、そうかなぁ・・・僕考えすぎ・・・?」
「ルカって、すっっっっっごく臆病なんだな。」
「だ、って、…ハルのこと・・・大好きだから・・・」
揺らぐルカの眼を見つめ、
「俺もルカが好きだよ。」
と言う。
臆病だったり泣き虫だったり、情けなかったり。今日のルカは感情の変化が忙しい。
もう、さっきからつま先がむずがゆかった。大好きだよと言われ、大好きだよと言って。恥ずかしいことこの上ない。
「俺は、ルカと一緒にいると幸せなんだ。俺の幸せを願うなら、素直になってくれ。」
「…ハルさん、僕と付き合ってください。」
泣きながら差し出してきた手に、照れ隠しにティッシュを掴ませる。
「付き合う。付き合うから、鼻を拭け。」
顔面ぐちゃぐちゃのルカは庇護欲をそそってくる。
ずびー、と鼻をかみ、ルカはえへへ、と笑った。知っているルカの顔だ。
「あー、なんだかおなかすいた。ハル、デザートあるから食べようか。」
「今日ハルが泊まりに来ると思わなかったから」と、一人分しか作っていなかったプリンを半分に割り、皿へよそうルカ。幾分か落ち着いてきたその手つきを見ながら、俺はさっきの刺すようなルカの目つきを思い出していた。
付き合うってことは、いつかはそういうことをすることもあるのだろうか。ルカはゲイだし、そういう欲求も無くはないのだろう。でも、今の俺には、その想像はできなかった。ルカのスプーンを持つその手が、プリンを無心に味わっているその口が、俺に触れる。・・・気分が悪くもならないが、想像も付かない。
いつかは、とは言ったが、それは、今日かもわからないと思った。
まあいいか、と考えるのをやめて、スプーンでプリンを割る。口へ運べば、市販のものにはないコクととろみが口の中を刺激して、一気に幸福度が上がった。
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