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※暴力、流血表現があります。ご注意下さい。
ギラリ、と銀色の光が視界の中で輝いた。
方々から上がる断末魔の悲鳴に、人々の逃げ惑う足音が響く。悪魔のような死神たちの怒号が、そこら中を駆け巡った。
充満する鉄の臭いは、壁から床からすべてのものを汚す血の飛沫のものだ。
ハァハァと上がる息を必死で押し殺しながら、跳ね上がる鼓動を落ち着けた。
「ッ…」
その光景を目にしたとき、叫び出さなかった自分を褒めてやりたい。
玉座の間のその中央で、王座から引き摺り下ろされた現王の、頭と身体が引き離されていた。
「っ〜〜!」
髪を鷲掴みにされ、ぶら下げられた頭から、ビチャビチャと滴る鮮血が、床に大きな水溜りを広げていく。
傍らには、心の臓をひと突きにされ、夥しい量の血を噴き上げる王妃の身体もあった。
「ぁ、ぁ、ぁ…」
終わりなのだ、という、静かな絶望が、塵のように降り注ぐ。
父上…。母上…。
柱の陰に蹲り、身を縮めて胸元の服を固く握り締めながら、私は静かに目を閉じた。
スラッと冷たい刃の感触が、頬に触れたのはそのときだった。
「王子がいたぞ!」
「引き摺り出せ!」
死神たちの怒号が響き、身体が無理矢理引き摺り立たされる。
「っ…」
柱の陰から広間の中央に連れて行かれた身体が、王と王妃だったものの肉塊の前に投げ出された。
「ふっ、これが前王の子か」
まだガキだな、と笑う声が、頬を床に擦り付け、滑る血溜まりの中に転んだ身体の頭上から聞こえてきた。
「これで最後か」
ふっと吐き出される吐息混じりの声が、頭の中をぐるりぐるりと回る。
最後…。
王族も大臣たちも王宮に仕える者も。王族に味方するすべての人間も。みんな殺され、死んでしまったというわけか。
この場に来るまでに目にしてきた、おびただしい数の遺体と血の量を見れば納得だ。
「悠牙様、万歳!やつらを根絶やしに!」
「こーろーせ、こーろーせ」
死神たちの歓声が脳を揺さぶる。
「殺せー。処刑しろー」
憎悪と嫌悪の視線に晒された中、カツリと1つ、革のブーツを履いた足が目の前で音を立てた。
「王子」
「っ、もう王子ではない…」
おまえたちが奪った。
おまえたちが堕とした。
ギッと頭を持ち上げて、目の前にある男の顔を睨み上げる。
「悪いが、死んでもらう」
床に這いつくばる私と、剣を私の喉元に突きつけ見下ろす男との力関係は明らかだった。
「構わぬ!殺せ!」
死にたくない。死にたくない。死にたくないっ!
本当は恐怖に縮こまる内心を押し隠し、正々堂々と叫んでやる。
男を睨み据える目に力を込め、真っ直ぐその男と視線を合わせる。
「ふっ、ご立派」
「殺せ。一思いにやるがいい!」
嫌だ。死にたくない。死にたくない。怖い。
くしゃりと潰れる心の内で、多量の涙が流れ落ちた。
「その覚悟に、免じて、苦しまないよう逝かせてやる」
ギラリ、刃が銀色の光を弾き、今か、と息は詰まったけれど、決して目は閉じなかった。
「っ、っ…」
生きたい。生きていたい!死にたくない!
まだたったの17年なのだ。
生に未練も執着もある。
死にたくないっ…。
痛いだろう。苦しいだろう。死んだら人はどうなるのだろう。
迫りくる死の影は、こんなにも恐ろしい。
それでも真っ直ぐに睨み上げる視線は、一瞬も男から逸らさない。
「父が…王が、どんな悪政を行なっていたかは分かっている。王がどれほどの暴君だったか、私は分かっている」
「ほぉ…」
「それでも父だった!私の、父だったのだ」
だから、私は最期のこの瞬間(とき)を、父たち、王族たちに殉ずるのだ。
無様な真似など晒しはしない。
父に、王族に、恥じず相応わしく堂々と散ってみせよう。
「斬れ。一思いに。私は王、ミズキの子である」
死にたく、ないっ…。
ついぞ閉じることをしなかった目に、最期に私の命を奪う男の顔を焼き付ける。
美男子と呼ぶに相応しい、やけに容姿の整った男だな…と感じたとき、不意にその顔がにやりと笑み崩れた。
「っ…?」
「やめた」
「はっ?悠牙様?」
「どうなさいました!悠牙様!」
スラリと長い真剣が、あまりに唐突に下ろされた。
「気が変わった。こいつは生かす」
「なにをっ…悠牙様っ!」
「そうです!この者は前王の実子!この場で王族は根絶やしにしませんと!」
「ましてや王の直系です!後にどんな災いとなるともしれませんよ!殲滅なさらなければ!」
やいやい、ガヤガヤ、男を取り巻く男たちが、口々に私を殺せと進言している。
「殺さない。代わりに俺が責任を持って面倒を見る」
「んなっ…」
呆然と、呆気にとられて言葉を無くす男たちの、その気持ちは私にも分かった。
「殺せ」
死にたくない。だけど情けなどは必要としていない。
この状況の中、私1人が生き残ってどうしろというのだ。
「ふっ、殺さない。目と内心と口と言葉は、一致させた方がいいと思うぞ?」
面白い、と口の端を持ち上げる男に、私も言葉を失った。
「なっ…」
見透かされている。見破られている…。
私は一言も死にたくないなどと漏らしてはいないというのに。
『殺せ、の直訳が、生きたい、なんていうのはな、俺以外の誰にも読み取れないと思うぞ?』
スゥッと顔を近づけられ、顎を取られて耳元で囁かれる。
「き、さまっ…」
私を、無様な者に…。
「くくっ、その目が気に入った。おまえは俺の手元に残す」
「っ…?」
不意に間近に迫ったその美貌の、唇に唇を塞がれた。
なっ…?
まさかこれは、一瞬油断をさせておいて、呼吸を奪い殺すということか。
ぬるりと熱い舌に口内を蹂躙され、呼吸1つままならない。
く、るし…。
こんな窒息死のさせ方があるとは知らなかった。苦しませずにと言ったその口が、拷問のようなこんな苦しい死を与えてくるとは。
「おぃ?おい」
遠ざかる意識の中、男の手がペチペチと頬を叩く。
血に濡れたその手は酷く不快なのに、命ある者の温かさを備えていて。
「はぁっ?マジか…」
『まぁ王子だもんな、純粋培養のお坊っちゃまか』
何やら呆れた声が耳に触れたのがさいご、私の意識は闇に沈んだ。
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