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「…もう、食べれないや。」
旅館に来るまでの道のりで散々身体を動かし、温泉に浸かって日々の疲れを癒し、美味しい料理で満足した。必然と畳の上に転がっている久米に襲いかかってくるのは睡魔である。猛烈な睡魔に、久米がうつらうつらした…その時。
『夕食が終わって、支度が整ったらオレのところに来なよ。』
耳に蘇ったのは、大井の声だった。久米はがばりと起き上がって、腕時計を見る。九時を少し過ぎている。…まだ間に合うだろうか。
「香さん…、もう寝ちゃってないよね??」
久米はもぞもぞと立ち上がって、離れに向かうための準備を始めた…。
離れに向かう決心がついた久米は、パンフレット片手に離れへと向かっていた。離れは二つあって、どちらに行けばよいかわからなかったので、廊下ですれ違った仲居に訊ねたところ、快く一つ目の離れに男性の宿泊客がいると教えてくれた。
玄関に向かい、靴に履き替えてあの驚くほど軽いガラス戸に手をかける。戸を開くと、真水の如き獰猛な冷気が久米めがけて吹き込んでくる。あまりの冷たさに一瞬目を閉じた久米は、そうっと瞼を押し開け、仰天した。
ガラス戸の外は、見事な雪景色が広がっていた。大地を覆い隠すかのようにうっすらと雪が積もっている。だが、まだ紺色の夜空から無数の粉雪が舞い降りていた。
温泉に行く途中の廊下で窓越しに外を覗いたが、あの頃はまだ雪が降っていなかった。降り出したのは、温泉に入った後からだ。
壮大に広がる真っ新な雪の芝生に、久米は思い切って足を踏み出してみる。ぎゅっぎゅっと足の下で雪が圧縮されていくのを感じた。踏んだ時の感触が面白おかしく感じて、久米は二歩、三歩とわざと雪のない屋根の下ではなく、雪の上を歩いた。
視界に映るもの大半が真っ白に染まっていて、何を見ても新鮮な気持ちになった。
真っ赤になった指先を震わせつつ、取り落とさないようしっかりとパンフレットを持って、現在地を確認しながら足を進める。雪がかった木々や生垣はもちろん、真っ白な雪の帽子をかぶった石灯籠や、丸石に囲まれ水面が凍てつき氷になった上に雪の溜まり場になった池も、声をなくすほど純粋に美しく、久米はただただその場に突っ立って、白い息を吐きだしてその光景にしばし見惚れた。
鼻がぐずぐず言いだした頃、ようやく大井の借りている離れが見えてきた。平屋建ての古民家風離れだ。瓦の屋根にも、ほんのりと雪が積もっている。久米は玄関に佇み、靴先をとんとんと叩いて、靴に着いた雪を粗方落としにかかった。
インターフォンを鳴らして、大井の出迎えを待つ。すっかり赤くなってしまった指先に、吐息をかければ、一瞬にして息は空中で真っ白に染まった。ちょっぴり背を丸め、俯きがちになって左右の手を擦り合わせていた…時だった。目の前の引き戸が勢いよく開け放たれる。
中から物凄い勢いで出てきた大井は、年下の男をきつく抱擁した。
「寒かったろう??」
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