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心を穏やかにするような、雪の外観にすっかり騙されていた。雪の本性を垣間見る時、人は死を悟るのかもしれない。
久米は絶壁からの景色を改めて見渡した。強い吹雪に見舞われ、木立の群れは風の引っ張る方へと頭を上下に細かく揺らしている。白々と続く雪原は、まるで雪で出来た砂漠のようだ。時々、風が吹き荒んだ部分で砂埃の如く雪達が空中高くへと舞い上がっていく。
雪の恐ろしさを目の当たりにした久米ですら、崖からの雪景色は美しく見えた。仲居が口にしていた言葉を思いつき、久米は凍てつきかけた唇を一生懸命動かした。
「…“しをよびこむ、やま”…。」
絶景だった。久米は靄がかった頭で、自分は命と引き換えにこの景色を見に来たのか、と考えるほど。雪は絶えず天から降ってくる。荒れ狂う風が天からの贈り物を地上へと速やかに運んでくる。時として人の命を奪い、或いは危機に瀕するような、激しい吹雪が久米の心を穏やかに揺らす。久米が夢中になるのは、全身で感じる、圧倒的な麗しさと驚異的な恐怖である。
「きれ、い…。」
久米のガラスを思わせる無機質な瞳が、吹雪の様を映し出す。…もっと間近でこの風景を見てみたい。絶壁の先にいた久米が、よろけた足で一歩前に踏み出す。踏み込むごとに、全身に走る鈍痛をも無視して、また一歩。…しっかりして見えた足場は、ただの雪の塊だったらしい。久米の重さに我慢できなくなったかのように、足場はもろり…と崩れていた。夢現の久米の身体も、崖の下へと引っ張られていき…。
「あぶねぇっ!!」
誰かの声がして、崖から真っ逆さまに落ちていこうとした久米の片腕を掴まえた。久米を掴まえた腕は、ピアノ線の如くピンと張り詰めて、負荷がかかり過ぎているのか。時折ブルブルと左右に大きく震えた。久米は生気のない双眸で、ゆっくりと腕を掴んだ人物を見る。
…箱根烈と名乗った、男だった。
箱根の姿を確認した途端、助けられた男はぐしゃりと顔を歪め、空中で暴れ出す。崖の端、宙に浮いた久米の足がバタバタと冷たい空気を切り裂いた。
「嫌だっ!!いや…っ!!離してッ!!」
「っち…。暴れるな、落ちるぞ!!死にてぇのか!!」
物凄い剣幕で怒鳴る箱根に、年下の男は啜り泣きながら叫んだ。
「お前が本物の箱根烈ならわかるだろうっ!!僕は人を殺したんだっ!!十年前、この裏山で死ぬべきなのは僕だったんだ!!死なせて…っ!!お願いだから、死なせてぇぇぇッ!!」
「好きなんだよっ!!」
箱根の大声に、年下の男はあっけにとられて身体を硬直させる。問いかける代わりに、吐息が出た。白い息が、天に昇って…立ち消える。
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