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体育館倉庫に通うのが、もう日課のようになっていたある日のこと、いつものようにトイレを言い訳に教室を出た俺を、廊下で智樹が呼び止めた。
「お前、いつまで奴らの言いなりになってるつもり?」って。
まさか智樹が気付いているなんて思ってなかった俺は、適当な言い訳を並べて、その場をやり過ごすつもりだった。
でも智樹は俺の腕を掴んだまま、中々離してはくれず……
「俺等が気付いてないと思ってた?」
身長差なんて殆どないくせに、俺の顔を覗き込んだ。
「なんで俺等に相談しなかったの? そんなに俺らのこと信じられなかった?」
「違っ……」
そうじゃない、違うんだ……
「確かにさ、俺とか翔真とかさ、言いにくかったかもしんないけど、潤一や雅也には相談出来るんじゃないの?」
「無理だよ……」
だってそんなこと言ったら、今度はアイツらに迷惑かけることになるし……
無理だよ……
「無理なんかじゃないよ。アイツらなら、お前のこと命懸けで守ってくれる筈だよ?」
そう言った智樹の顔は、普段は見せない、厳しい物で……
ショックだった。
気付いてたのに助けてくれなかったことよりも、俺が“イジメ”のターゲットになってることを知られたことのが、よっぽどショックだった。
でもそれ以上に、ちっぽけなプライドのために、仲間を信じられなかった自分が情けなくって……
涙が次から次に溢れて止まらなかった。
智樹はそんな俺の頭をポンポンってすると、いつものように、ちょっと気の抜けたような笑顔を浮かべ、
「もっと信じてみろよ、俺達を。友達だから」
そう言って、俺が泣き止むまで肩を抱き、傍にいてくれた。
この時分かったんだ、翔真さんが言ってた言葉の意味が。
智樹が、どれだけ俺達のこと考えてくれてるのかってことを……
結局その後、俺への“イジメ”は何も無かったかのようにプッツリなくなり、楽しい高校生活を送ることが出来た。
多分、俺の知らないところで何かあったんだとは思うけどね。
俺はあの時、智樹の優しさに救われた。
だから今度は俺が、智樹を優しく包んであげたい。
俺は止まっていた足を一歩踏み出した。
コートのポケットに手を突っ込むと、スマホが着信を告げるために震えた。
雅也からのメールだった。
「終わったよ」
たった一言の短いメッセージ。
でもそれだけで全てが伝わってきた。
ただ、雅也の性格を考えれば、きっとスッキリ、とまではいってないんだろうな……
それに潤一君も。
でも今は雅也のこと気にしてる場合じゃない。
俺もそろそろ覚悟きめねーと。
俺は手にぶら下げていた袋から、缶ビールを一本取り出すと、それを一気に煽った。
素面じゃいられないって、俺もまだまだちっちゃい男だよな……
自嘲気味に笑いながら、途轍もなく長く見える階段を駆け登り、ドアの前に立つと、ブザーを押した。
応答はない。
一瞬嫌な予感が頭を過ぎった。
まさかまだ潤一君のところに……?
考えたくもない想像は、
「……はい」
扉の向こうから掠れた声が聞こえた瞬間、綺麗に掻き消された。
「あ、俺、和人……」
名前を言うとどうじ、カチャンて音がして、その直後、目の前のドアがゆっくりと開いた。
「突然悪いね」
「いいよ、入って?」
迎えてくれた顔は、いつもの柔らかい笑顔で……
だけどどこか精彩を欠いているようにも見える。
「智樹飯まだでしょ? コレ、一緒に食おうと思って買ってきた。あと、コレね」
弁当とビールの入った袋をヒョイと挙げて見せると、ビールが入った方の袋を智樹の手が取り上げた。
「冷蔵庫入れとくな」
「あぁ、うん」
その時、セーターの袖から一瞬見えた手首の痣……、それは紛れもなく拘束の痕で……
潤一君と雅也の犯した罪の証だと分かった。
ガラス戸を開けると、鼻をつく匂いが部屋に立ち篭める。
「相変わらず描いてんだ?」
原因は机の上に所狭しと置かれた画材だ。
「最近はあんま描いてないよ」
俺は畳の上にどっかり腰を下ろすと、ガラステーブルにコンビニ弁当を二つ並べた。
「腹減った〜。食おうぜ」
大野さんも俺の向かいに腰を下ろし、俺に缶ビールを差し出した。
「お、サンキュ」
受け取り、プルタブを引くと、プッシュと小気味いい音と共に、細かい泡が溢れてきた。
ビールを一口喉に流し込み、弁当の唐揚げを一つ口に放り込んだ。
「うめぇな〜。あれ、智樹食べないの?」
ふと智樹を見ると、割り箸を持ったままで、一向に弁当に手を付ける気配がない。
「ん? あー、あんま腹減ってない……かも」
そう言って割り箸を弁当の上に置いた。
ま、昨日の今日じゃ、そんな気にもなれないか……
俺は智樹の分の弁当に蓋をした。
「腹減ったら食べなね?」
俺が言うと、智樹は小さく頷き、喉を鳴らしてビールを流し込んだ。
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