アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
25
-
色のない世界だ、とミーハは言った。
知らない、冷たい、大人たちの群れ。
上から見下ろす、幾つもの灰色の影。
帰る家はもうないから。この魔法は、使えない――。
「思い、出し、た」
ミーハはそう言って、ドシンとオレにぶつかって来た。そのままギュウッとしがみついて、肩を震わせ、すすり泣く。
移動系はそんなのばかりなんか? 『転送』や『転移』だけじゃなくて、『帰宅』までトラウマだらけ!?
オレはミーハが泣きやむまで、ゆるく抱いて頭を撫でた。
こいつの辛い過去、辛い思い出、全部オレと分け合って半分にできりゃいーのに。
そりゃ、オレだって、毎日楽しい思いして生きて来たって訳じゃねーけど。
恋人なんだから……やっぱ、辛いのも悲しいのも、分け合いてーよな。
「お、オレの家、は、ここで、いいんだ、よねっ?」
小さくしゃくりあげながら、ミーハがオレの肩口を濡らした。
家――帰る場所。
そう、オレ達の住むこの場所が、オレ達の「家」だ。
ミーハにとっては、「オレの待つ家」が。
引き取られたっていう親戚んちでもなくて、母親でもなくて、ハマー(人間)でもなくて。オレの横が、ミーハの「家」だ。
「いいに決まってんだろ!」
嬉しかった。そして、切なかった。
オレに抱きついて、すすり泣いてる恋人を見る。
細い肩をやんわりと掴んで顔を寄せると、応じるようにオレを見上げる。涙味のキス。
出会って3ヶ月。
一緒に暮らし始めたのは、多分ただの同情からだった。でも、同じ部屋で寝起きする内に、いつしか抱き締めてぇと思うようになっていた。
抱き締めればキスしてぇと思い、キスすれば、もっと先が欲しくなった。
好きだった。愛してる。
「お前の家は、ここだ」
口接けの合間に、強く囁く。逃がさねぇように抱き締める。
銀鉱石は採れなかったけど、あの黒曜石を売った金で、銀の腕輪は作れると思う。
気休めにもなんねーかも知んねーけど、「家」を実感できねぇミーハの腕に、オレの印を早く着けてやりてぇと思った。
明けて、翌朝――。
ドンドンドンドン!
激しく戸を叩く音で、目が覚めた。
「んー、なん、だろ?」
寝ぼけ眼で起き上るミーハを「いーよ、オレが行く」つって制して、やれやれとベッドを出る。
ドンドンドンドン、と、扉を叩く音はまだ続いてて、ホントうるせー。
手早く下着とズボンだけはいて、戸口の鍵を開けに行く。
「誰だ!」
オレが怒鳴ると同時に、勢いよく戸を開けて入って来たのはタオだ。さすが「赤い閃光」、いつもながら落ち着きがねぇ。
「アル、起きてたか!」
って。
「お前に起こされたんだよ」
「そっか、ワリーな!」
全然悪ぃとも思ってねぇような口調で、タオはギャハハと笑ってから「ミーハは?」と訊いた。
「寝てんに決まってんだろ」
はあ、とため息をつく。
朝からハイテンションだな。まあ、いつものコトだけど。
そうしてる内に、服を着たんだろう。ミーハが奥から顔を出した。
「あ、タオ、君。おはよう」
「おっはよ、ミーハ!」
タオは素早くミーハに駆け寄り、ぐいっと肩に腕を回した。そして言った。
「なあなあ、掲示板、見た?」
「見てる訳ねーだろ、今起きたっつの!」
オレが喚くと、タオは「それもそっか」つって、またハイテンションにゲラゲラ笑った。
バカだ。
いや、バカなのは知ってっけど。
「じゃー、早く早く。見に行こーぜ!」
タオはそう言って、ミーハと肩を組んだまま、ぐいぐいと外に出ようとしてる。
「あのな、待てって」
フリーダム過ぎんだろ。いつもいつも思うけど。
ハイテンションなタオは、例えて言うなら手綱のついてねぇ暴れ馬みてーなモンだと思う。
誰にも制御できねぇ。
オレらは朝メシもそこそこに、タオに引き摺られるようにして掲示板を見に行かされた。
掲示板の前は、朝からスゲー人だかりだった。
相変わらずパッと目につくのは、白地に赤枠の張り紙……懸賞討伐。
この前のと一緒か? まだ引き受けるヤツがいねーんだろうか。野次馬の頭が邪魔で、張り紙の内容はよく見えねぇ。
けど、どっちみち別に受けるつもりねぇし、読めなくても困らなかった。
「なんだよ、また赤枠か? 関係ねーし興味もねーよ」
うんざりとタオに言って、オレはミーハの肩を抱いた。けど、家に戻ろうとする前に「違ぇーって」と呼び止められた。
「赤枠じゃねーよ。その下!」
赤枠の……懸賞討伐の下? もう一度目を向けるが、やっぱ野次馬でよく見えねぇ。
ちっ。舌打ちを一つして、人垣を掻き分ける。
「すいません。ちょっと、すいません」
謝りながら、何とか掲示板の見える位置まで来た。
赤枠の下……。
ちらっと見た赤枠の中身は、デザートライオン10頭、金貨100枚。前と一緒だ。
「赤い閃光」が厄介だっつって名乗り出ねーくらいなんだから、やっぱ並みの剣士じゃダメってことなんだろう。
そういや『凍土』がどうとか言ってたか――。
そんなことを思い出しながら、赤枠の下に貼られた、真新しい張り紙に目を移す、と。
――尋ね人
名前:シーン・ジュニア
年齢:16歳
身長:160cm前後
職業:優秀な魔法使い
特徴:薄茶色の髪・どもり癖あり
謝礼:金貨100枚 ――
「こ、れ……って」
ごくりと生唾を呑み込む。
耳の奥で、ザアッと血の気の引く音がした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
25 / 102