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「おまたせ!」
半ば引きずられる形でたどり着いた神社の石段には、前川と橋元が腕を組んで待っていた。
石段の上の境内には、いつもの神秘的な静かさとはほど遠いきらびやかな喧騒があった。
「お前ら張り切ってるな」
「当たり前だろ!」
浴衣で浮かれてはしゃいでる俺らとは対照的に、普段の格好の二人は落ち着いていた。
とりあえず屋台を巡ろうということになって、俺らは長い石段を登り始めた。
すれ違う人の中には、見覚えのある顔ぶれが多かった。
誰も彼もいつもとは違う幸せそうな顔をしている。
──あっ。
そして人混みの中に周りの人と同じように笑う相田さんも見つけた。
やっぱり来てくれたんだという高揚感と、そういう意味では好きじゃないのに、逃げ口として利用してしまった罪悪感が心の内でせめぎあった。
「そろそろ時間だし公園いく?」
橋元の声で腕時計を確認すると、もう20分前になっていた。
まだまだ宵は遠く、祭りは始まったばかりということで、石段を逆行する形で公園に向かった。
その公園には簡易ながらステージが組まれていて、脇には機材を保管するテントもあった。
普段は忘れられているような公園が、今日だけは胸を張っている気がする。
今ステージではこの辺の中学校の合唱部が発表をしていた。
見る限り客は友達か保護者かといったところだろう。
「やべー、緊張してきた」
「オレも」
「北田は大丈夫なの?」
「まあ」
ぴょんぴょんしたり、さっき射的でとった謎のぬいぐるみを抱きしめたり、忙しなく髪の毛を整えたり、三者三様の緊張をしている中、俺は割と平然としていた。
実感がわかないというのもあるけど、俺らは長い時間練習してきた事実があるから。
「まあミニーちゃんのカチューシャつけてるやつは緊張してないだろうな」
「あっ」
さっきくじ引きで当てた光る耳をあわてて外した。
スタッフのお姉さんにテントで作られた簡易控え室に案内された頃には出番が次に迫り、観客も入れ替わってきた。
中には俺の家族や、日崎のお兄さん、前川のたくさんの兄弟もいた。もちろん相田さんとその友達も。
よく手に馴染むいつものギターを肩にかけると安心するかと思ったが、むしろ緊張してきた。
思い出すのは俺が初めて音楽の渦に呑み込まれたあの日と、初めてこのギターを手に取ったあの日。
最近はバンドの皆がそれなりに褒めてくれるから忘れかけてたけど、俺は才能のないただの音楽好きにすぎない。
どうあがいたって、日崎の声みたいに不完全でも惹き付けられるものにはならない。──ただ不完全なだけだ。
日崎だけじゃない。前川も橋元も、練習量が多いとは言い難いけど、それでもたくさん練習している俺たちに余裕で並んでこれる。
──バンドの花形とも言えるギターがこんなやつでいいのか?いや、いいわけがない。
慰めを求めてギターを見ても、姉ちゃんたちを見ても与えられるのは息苦しさだけだった。
深呼吸をしようと息に意識を集中させればさせるほど、普段自分がどうやって肺に酸素を送り込んでいたのかわからなくなる。
次第には、何度も聴いて何度も弾いてきた最初のコードさえも曖昧になってきた。
これが頭が真っ白になるってことか。
もう何も考えられなくて、ただ立ち尽くして震える俺が無意識に見つめたのは悩みの種であるはずだけどやっぱりあいつ──日崎だった。
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