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「僕が死んだら、村人たちに村から離れるよう伝えてあげて。これ以上僕は、あの地に来る災厄を押さえ込めそうにないから」
「それは……まさか」
意味を察した桃麻の声は、神の微笑みに遮られる。
そして彼は懐に手を入れ、あの短剣を取り出した。
「もう一つはね、桃麻」
神は桃麻の方に身体を向けて、ゆっくりと短剣を鞘から抜く。いつの間にか辺りを村人たちに取り囲まれていたが、桃麻の目には眼前の彼しか映っていない。
「ここが壊れたら、全部駄目になるんだ。僕の身体も消えて無くなる。だったら……どうせ死ぬのなら、僕は最後に、君の姿を見て死にたい」
現れた剣身が閃いた。
神はためらいも無くその剣先を自分の顔面に突き立てる。
ぐさり、ぐさり。
二度鈍い音がしたのち、彼の顔から闇色の霞が立ち上った。神は短剣を地面へ投げると、両手で顔を覆ってみせる。しばしの後に手を離し、おもむろに布面を取り去った。
二つの月が、そこにあった。
夜闇のように垂れる髪。その奥に、金の瞳が揺れている。
顔面をすべて手に入れた神は、穏やかに微笑んだ。
「ああ、ようやく見えた。桃の花ってこんなに綺麗だったんだね。赤くて、きらきらしてて」
「違う。これは炎だ」
桃麻は小さく首を振る。涙が溢れて止まらなかった。
「ふふ。そっか、残念だなあ」
神はちっとも残念な顔をせず、慈しむように桃麻を見つめる。
「でも最後に君の顔が見れてよかった。やっぱり綺麗だったね。僕の桃麻」
「ああ、もう、あんたのでいいよ……」
初めて会った時と同じ言葉に、初めとは違う言葉で返す。
霞む視界の向こう側で、金の月が細くなった。
「そういえば、結局僕の名前を教えてなかったよね」
「名前……?」
「そう、名前。僕が生まれた時に貰った、最初の名前」
「……」
神は桃麻の耳に顔を寄せ、微かな声で囁いた。
「僕の名前は、帝江だよ」
「帝江……」
名を呼ぶと、彼の頬が耳に当たる。その温もりを感じた直後、ぶわりと闇色の霞が拡散した。
「やった! 邪神を倒したぞ!」
「これで村も安泰だ!」
「退治屋のやつ、結局殺してくれたじゃないか!」
周囲の村人が歓声を上げる。賞賛の言葉が降り注いだが、桃麻の耳には一つも届いていなかった。
力をなくし、ずるりと地面に崩れ落ちる。目線を落とすと神が纏っていた衣が落ちていた。
おもむろに手を伸ばし、夜闇の衣をきつく胸に抱く。
袖口の鈴が、ちりん、と小さな音を立てた。
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