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「それで? どこ行く?」
子供が小首をかしげる。罫と仲良くなったのはこのくらいの年齢だったと、懐かしさがこみあげて、それはすぐに悲しみに変わるから僕は気持ちを切り替える。
「どこにも行きたくなんかないよ」
「えー。おれ、礼介くんを連れ出すように言われてるんだけど」
「嫌です」
「死体に出会うから?」
「そうだよ」
「一回ぐらい見てみたいもんだけど」
「やめなさい」
「ごめんなさい」
「………………」
「………………でも次はどっか行こうね」
「人の話聞いてた?」
「近所散歩するぐらいならいいでしょ。かにまんじゅう食べようよ」
「なにそれ……なんで脱がそうとしてるんだ」
戯れにペタペタと触れているだけだった手に服を脱がされて慌てる。考えていることが駄々漏れなようで、ちっとも分からない。
本当なんだ、と彼は呟いた。
僕の肩にある銃創をじっと見つめて、そこを撫でる。あれだけくるくると動いていた表情は今は無であり、少しばかり恐ろしさを感じた。
「………………小説、全部読んだのか」
「読んだよ。何回も読んだ。撃たれたとき痛かった?」
「それどころじゃなかった」
「なにどころだった?」
「そんな日本語はない。…………罫を守れればそれでいいと思って飛び出したんだよ」
「怪人が銃なんか使うのって興醒めだよね」
「あの状況じゃ仕方なかった」
「………………」
「……………………僕が庇うのはおかしいな」
「相棒が死んで怒ってたんだよ、怪人は」
「うん。…………」
「今ならわかる?」
「何を?」
「大好きな人が死んじゃってさ、悲しくて悲しくて、なんもかもぶち壊してやりたいって気持ち」
「…………………………………………」
夜のサーカス。愉快な音楽と極彩色の犯罪。華麗なる最終幕。くす玉を割るために用意されたはずの拳銃。揉み合いになった怪人の相棒と、罫の攻防。うっかり足を滑らせて、悪人は暗闇に落ちていった。スローモーションの記憶。
落ちたのが罫じゃなくてよかった、なんて、一度も口に出したことはない。
「…………僕も罫も、自分の正義で動いた。後悔はない」
服を元に戻す。ふうん、と唸って、子供はまた飽きもせず僕に抱きついた。
「………………君なあ、ベタベタしすぎだよ。言われない?」
「君じゃなくて倫太郎」
「倫太郎」
「うん」
「……………あ、ごめん。昔の話しちゃった。そういえば」
「僕から展開させた」
「本当はもっと色々聞きたかったんだけどなあ」
「駄目」
「駄目かあ」
「倫太郎」
「うん」
「………………」
「なあに?」
誰かに似ている。いや、似ていると思いたいのかもしれない。失ったものが多すぎて、ひたすら欲してしまう。
「…………幸多より倫太郎のほうが似合うな」
「倫太郎顔でしょ」
「そんなものはない」
「礼介くんは礼介くんって感じするけどね」
「倫太郎」
「はーい」
「……………ちょっと思いっきり抱きしめてもいいですか」
「え、…………えっ? えっ? ん、まあ別に、いいけど、わあっ」
許しの出た瞬間に、立場は逆転して彼は僕の腕のなかにおさまる。自分からは容易く人に触れてくるくせに、相手からされるのは弱いらしい。緊張と困惑が肌や息遣いから伝わってくる。申し訳ないと少し心は痛んだが、それより自分の欲望を優先した。
僕は彼女との間に子供を望んでいた。
罫とは高校生のときに知り合った。
失った。
失った。
失った。
失った。
愛しさを、期待を、希望を、生きる力を、優しさを、癒しを、得る方法も与える場所もない人生を、あれからずっと続けている。
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