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───
夕方には帰るのだと事前に聞いていたのに、いざ日が翳る頃には帰したくなくなっていた。どうでもいい話をして、なんにもならない時間を過ごした。
「……もう帰んなきゃ」
「そう」
頭の中ではガンガンに警報が鳴りっぱなしだった。軽い熱すら覚える。これ以上、人と関わるな。愛着なんて湧くな。僅かでも過去なんて思うな。心を震わすな。
「一ヶ月に一度でいいって言われたけどさあ、」
Tシャツをまたひっくり返して着て、彼は髪を撫でつける。それでも毛先が跳ねているので、古い鏡台の前で髪を梳いてやった。この髪質は母親に似たのか。
鏡越しに視線が合う。
「…………またすぐ来てもいい?」
「駄目」
「えっ、今露骨に喜んだよね?」
「顔見せて」
「駄目」
「見せろ」
「断る」
「こっち向けや、おい」
「駄目」
───
彼を帰して、一人になる。少しの頭痛。…………勝手に先程までの記憶がランダムに再生される。暗い部屋で、ぼんやりしていたら、物音がした。シヅさんが帰ってきて、明かりがつく。
「お帰り。……もっと遅いかと思ってた」
「只今戻りました。………幸多様は?」
それは誰だ、と言いかけて、倫太郎のことだと気付く。もうすっかり偽名のほうが定着している。
「帰ったよ」
「あら、…………そうですか。……あの、……すぐお夕飯の支度しますからね」
ぎこちない彼女の物言いに、誤解の匂いを感じて、僕は言う。きっと僕がすぐに彼を追い払ったと思ったに違いない。
「さっきまでいたよ。…………喋りすぎて疲れた」
「……………あら、……あらあら、まあ、」
「一月(ひとつき)せずにまた来るだろう。……そうだ、シヅさんとも話したいってさ」
「そんな、私なんかが、ねえ」
ほころんだ、という表現の似合う表情の動き。いつもより女性的な仕草。熱をまだ含んだ瞳。
「デートはうまくいったんだ?」
「………………」
「香水なんて珍しくつけてるから何かと思ったよ。今日はそこまで気温が高くないけど、わりと遠出したのかな。それとも何かスポーツでも? 運動は嫌いだと思ってたけど。姿勢がよくなってることを考えると君の性格的にヨガか日本の武術、」
まさか泣かれるとは思っていなかった。
ソファから即座に立ち上がり、彼女の前でおろおろする。どうして泣くのかがわからない。プライベートに踏み込みすぎたか。
「……………………私が、………………髪を切っても……何にも言わなかったのに……………」
「ごめんなさい。今後は干渉しない」
「違うわよ……嬉しいの。……昔みたいで」
でもまだまだ勘は鈍ってるわね、と、目に涙を浮かべて彼女は僕に微笑む。ひらりとした手つきで僕に触れ、くるりとターンして消えていった。ああ、それか。ピンと伸びた背筋。
「社交ダンス?」
「半年前からね」
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