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…………ご心配をおかけしまして、どうも、御無沙汰しております。…………全快とはいきませんが、ええ、大丈夫ですよ、僕は。…………………………
長身痩躯の名探偵は、周りの人間を適当にいなして、ぼくを庭へ連れ出す。そうだ、全ては、ここから始まった。日本庭園。雪の積もった橋から、凍りかけている池を眺める。
「……………ごめんなさい」
泣くのをこらえて、なんとかそれだけ言った。彼は驚いた。
「君が謝ることはないんだけど……ごめんね。迷惑かけたね」
優しい言葉をかけられたら、逆に涙腺はゆるむ。マフラーに顔を埋めて、ぼくはなんとか呼吸を落ち着かせようとする。彼はその場にしゃがんだ。雪をかきあつめて、だるまを作り始める。墨色の外套がよく似合う。
「そりゃ急に変な親戚のところに行けって言われたら、やだよな」
「っ、ち、違うんです。行きたかったけど。行きたかったけど。ほんとは。すごく。…………でも、……」
会うのが怖くて。本音を伝えても、彼にわかるだろうか? 恵まれている。…………恵まれている人に、わかるわけない。ぼくだって、好きでこんな見た目に生まれたわけじゃない。愚鈍さも臆病さも、欲しくて得たものじゃない。
あのときは正直逃げ出したかった。それなのにバレた今、最初から嘘なんかつかなきゃよかったと後悔している。醜い思考。端からわかってたことじゃないか。こんなんだから、ぼくは。
目の前で雪をこねる大人を見つめる。
彼みたいになりたかった。
倫太郎みたいでありたかった。
かっこよくて、頭がよくて、優しくて、正しくて、人からもちゃんと信頼されるような、愛されて当然の存在。
「本当は?」
名探偵は優しい瞳で、ぼくを気遣って微笑む。
「…………ぼくなんかが、なんか出来るわけじゃないし」
なるほどね。探偵は雪だるまをもう一つ作り始める。細長い指。
「バレないとでも思った?」
「………………いつかは、バレちゃうとは、………」
「うん」
作り終えて名探偵は手を払い、立ち上がる。長い脚。
「あの代役は君の友達?」
「……………学校の友達です」
ぼくは泣くのをやめて話す。
「ぼくが頼んだんです。友達に。だって、……だってこんなぼくが行っても迷惑になるだけだし、馬鹿にされるし、どうせなんにも出来ないし」
「……………………」
「倫太郎のがよっぽど。うちの人みたい。頭いいし、かっこいいし。面白いし」
そうかなあ、と名探偵が呟いた。あ、…………笑ってる。初めて芽生えた感情は後悔。それから、微かな嫉妬。
二人の間にはぼくの知らない思い出がある。
君を叱る理由も権利もないのだから、そうビクビクするなよ、と名探偵は言った。ぼくのことは怒ってないらしい。誰かに吹聴するつもりも、ないのだそうだ。実際、今回のことは、まったく気にしていないようだった。そうか、名探偵だから、本当は最初から気付いていたのかもしれない。
「それでね。君に一つ、頼みがあるんだけど」
ポケットに手を突っ込んで、名探偵は言った。
「なんでしょう」
「彼をもう一度うちに寄越してくれ」
「…………それは、……」
「約束してきたのは向こうだからね。来ないならもっと強引な手段に出るしかない」
「………………」
「嘘だよ。さすがにそこまでするつもりはないけど。頼むよ。目解家の人間は他人に優しいんだろ?」
小説を読んでいる限りでは、わからなかった。ぼくのイメージでは、名探偵は自信満々で人に命令をくだすのだ。こんなに優しくて、穏やかに話す人だったんだ。
「わかりました」
どうもぼくは、橋の上で大人に頼み事をされて、断れない運命らしい。ありがとう。そう言われただけでも嬉しいのに、憧れの名探偵はハグをしてきた。一気に頬が熱くなった。
「さっき妙なことを言ってたけど……僕は君が来ても、きっと嬉しかったに違いないよ」
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