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時間は少しさかのぼる。
「祥子! お待たせ」
駅の改札口に立つ小出に手を振って声をかけたのは聡凪。
パーティーの仮装のために買い物に付き合ってくれと小出に頼まれて、休日の今日、待ち合わせたのだ。
「ふ~ちゃ~ん、ありがと、ごめんね、せっかくの休みなのに」
ハの字に眉を下げて小出が身を縮める。
頼りっぱなしなのは分かっているのだが、自分一人では心もとないどころではない。
しかし、奥手も奥手の小出がせっかく一歩踏み出したのだから、親友としては応援もやぶさかではない。
恐縮しきりの小出の肩をたたいて、聡凪は
「いいって、いいって。長年の片思いが実るためなら一肌でも二肌でも脱ぎますわよ」
と言うと「その代わりランチね」とニッと笑った。
某ホテルのスウィーツビュッフェを小出はお礼としておごると約束していたのだ。
スウィーツビュッフェという名前を冠してはいるがランチメニューも豊富で、予約開始からすぐに完売となってしまうほどの人気。
小出はそれを強運で押さえた。
その強運が、この恋にも味方する。
聡凪はそう励ました。
普段は強気な小出も、こと恋愛には臆病だ。
だから、そう言う彼女に「ランチで運を使い果たしてるかも」と弱気を見せた。
小出は幼少期からアトピー性皮膚炎に悩まされた。
かゆみで眠れない夜を過ごし、薬の副作用でつらい思いもした。
何度も病院を変え、両親もヘトヘトになり、その疲れから夫婦喧嘩も起こった。
父と母が言い争う原因は自分にあると子供心に悟った小出は、ストレスからアトピーを悪化させた。
ようやく良い医師に巡り合い、治療が功を奏し、少量の内服薬とスキンケアさえ怠らなければ、あとは睡眠不足に気を付けるだけという状態にまで改善した。
ところが思春期に差し掛かり化粧に興味を持った。
周囲がきれいにメイクしておしゃれを楽しむ中で、自分は服の素材にも気をつけねばならないし、メイクもできないというのは小出にとって大きなストレスだった。
置いてけぼりにされてるような焦燥感、みんなと違うという疎外感。
多感な時期を小出は泣いて過ごした。
そして、高校生の頃、一度くらいなら大丈夫じゃないかと、友人のメイクが羨ましくて化粧品を借りて自分もメイクしてみた。
鏡の中の自分を見て、周りからもきれい、可愛いと言われて有頂天になった。
しかし、翌朝、小出の肌はひどい状態になった。
医師には注意され、メイクどころか洗顔すら苦痛な日々が続いた。
とても見せられないと、一週間も学校を休んだ。
高校卒業後はどうしよう、と短大へと進路を考えていた彼女はとても悩んだ。
女性ばかりの学校でメイクしない自分はどんな扱いを受けるだろう。
薬ではなく、他の方法で何とかならないか。
せめてポイントメイクだけでもしたい。
そして、ようやくたどり着いたのが、今、彼女が勤める良生堂(ながいきどう)の化粧品だった。
万人に合うというわけではないだろうが彼女の肌には合った。
ファンデーションは塗れないが、そんなもの不要なほど肌がきれいになった。
眉を描いて口紅を塗るくらいしかできないが、それでも将来社会に出た時に要求されるであろう最低限な程度のメイクはできるようになった。
そのおかげで短大時代に自信をつけることができた小出は、自分の名前〝祥子″とかけて「私の肌が証拠です」と就職面接で熱意を語り採用された。
だから、彼女の強気と自信は底に不安や弱気を内包している。
だから、日頃は元気が取り柄の彼女も、今回ばかりは弱気が前面に出てしまっている。
聡凪は短大からの友人なので高校までの小出を知らない。
ひどい肌だったとは聞いたが、きれいな状態の小出しか知らない。
だから聡凪は過去と比較せずに単純に「普通にきれい」と評した。
それが小出には嬉しかった。
聡凪の言葉は小出に自信を与えた。
自信がつけば表情が変わる。表情が変わると友人が増える。友人が増えると楽しくなって、短大生活も充実したものになった。
『以前は暗かったのにずいぶん明るくなった』ではなく、『最初から楽しい友人』として扱ってくれる聡凪の存在が小出には嬉しかった。
そんな小出を見てきただけに恋愛に及び腰な彼女が聡凪には少し意外で、だから応援したくなった。
今回は初めの、そして始めの一歩だ。
「祥子、恋は度胸よ!」
聡凪はぐいと小出の腕を引っ張り、売り場へと足を踏み入れた。
とある海外ドラマの外科医の仮装をしたい、という小出の希望で探してはみたものの、長白衣しか見つからない。
「何だっけ、スーザン先生?」
「うん、そう。トレードマークはピーコックブルーのスクラブ」
「スクラブ? 石鹸?」
バーにかかったハンガーをひとつひとつ確認していく。
「違うよ。VネックのTシャツみたいの着てるでしょ? あれ、スクラブって言うんだって」
「へぇ、初めて聞いた」
しかし、いくら探しても見当たらない。
店員に聞くと、売り切れてしまっていて、取り寄せは可能だが時間がかかるらしい。
「諦めて他のにする?」
他といってもパッとは思いつかない。
ギャグ要素が強いものは避け、肌の露出の多いものも除外する。
更衣に時間がかかるものはパーティー後、すぐに出られないという理由でパス。
「デートする時間が無くなっちゃうじゃん?」
と聡凪に言われて顔を赤らめ、あたふたする小出。
ぎこちなくうなずく小出に「これは?」と聡凪が大きめのビニール袋に入ったセット服を渡す。
ハロウィンらしく魔女の仮装だ。
帽子とマントとステッキだけなので、先ほどの条件に合う。
「黒のスカートとタイツと黒い靴なら、これと合わせて魔女っぽくなるかな?」
これにしようかなとつぶやく小出の全身を眺めながら聡凪は思案顔だ。
「でも、そうなると脱いでも黒っぽいよね」
「は⁉ 脱ぐ⁉」
「衣装よ」
「あ、そ、そっちね」
「やだ、祥子、何考えてるの?」
ぱたぱたと顔をあおぐ小出にニヤニヤする聡凪。
聡凪いわく、黒い面積が多いと可愛く見せるのには工夫がいる。下手すると地味、陰気。アクセサリーを間違うと下品。色気が出すぎる場合もある。…らしい。
「差し色を明るい色にすれば」
と言いかける小出に聡凪は「やっぱ女医さんの方がいいんじゃない?」と長白衣を広げる。
「祥子、赤いスカート持ってる?」
「昔着てたのがあると思うけど…」
「じゃ、それでいいじゃん」
「なんで赤なの?」
聡凪が安っぽい注射器と、いかにもおもちゃの聴診器を見つけて小出の手に乗せる。
「え? 女医さんと言えば真っ赤なミニスカに真っ赤なハイヒールでしょ?」
「それはAVとか男の願望ステレオタイプというか」
苦笑しながらも「せっかくのパーティーなんだから派手くらいがちょうどいいのよ」という聡凪の言葉にうなずいて、小出は手にしたものをそのままレジへ持っていった。
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