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Quarrel
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留年した理由は三つ。ひとつ、頭が悪すぎたこと。ふたつ、努力をしなかったこと。みっつ、危機感を覚えなかったこと。
Gactに入りたいと思った理由も三つ。ひとつ、この人達と音楽をしたいと思ったこと。ふたつ、庄司くんの声に射止められたこと。みっつ、直感。
男に恋をした理由だって三つ。ひとつ、松の笑顔にクラクラしたこと、 。ふたつ、女の子とうまく付き合えなかったこと。みっつ、俺がゲイってこと。
だから、留年して学校をやめて、Gactに人生をかけたことを後悔してるわけじゃない。これは紛れもなく俺が選択した未来で、俺が俺の責任を取らなきゃいけないことで。セオリーではなくても、そこそこうまくいってる人生だと思っている。だけど俺の恋はいつだってうまくいかない。初恋は紛れもなく松だった。独り占めにしたいとおもった。すごく、すきだった。松は俺じゃダメだっただけ。俺も告白ができなかっただけ。失恋というのは苦しくてたまらなくて、小さい背中に縋った。他人に松を置き換えて、幸せになれるとばかり思っていた、愚か者の半年前の俺。俺を受け止めてくれた小さい背中は、俺の憧れそのものだったから、恋に変わる確率なんてゼロだとも思っていた。それでも、まあ、ぶっちゃけ、誰でもよかった。
俺を、大事にしてくれそうな人であれば、誰でも。
優しさを利用しようとしていたバチがあたった。
松、とは似ても似つかない、庄司くん。松の色が黄色だとしたら、庄司くんは水色。まったくの反対色な彼に、まったくの反対色の彼の面影なんて見出せなかった。強烈な色。一瞬にして、塗り替えられていく視界。黄色一色の世界が、気がつけば水色にかわっていく。
大空のように広大で、なんだって受け止めてくれる。そのくせに水のように冷たくて、都合の悪いことは流してしまう。そんな人が、庄司くん。
気がつけば、失恋の傷なんてものは薄れていた。庄司くんの言った通りだね。「いつか、忘れる」ほんとにそう。松の顔を見ても苦しくなくなった。柳と幸せそうにしてる姿をみて、松の隣を奪いたいとも思わなくなった。だって俺には庄司くんがいる。庄司くんがいる、と、思うだけで救われた。あんな、小さな背中に、なんども縋って。なんども、許してくれた。
夜、眠れないのはなんで?
いつも、魘されてるのはなんで?
人に甘いアンタが、自分に厳しいのはなんで?
松は無理をしているときは、笑い方に無理が出てしまうのに、なんで?アンタは一つも悟られないように、なにも変わらない顔で笑うの。なんで?
好きだといっても信じてくれないのはなんで?
この関係の終わりを望んでいるのは、なんで?
ねえ、なんで?
アンタほんとに、なんなんだ。
焼き鳥屋でご飯を食べて、ふらつく足取りの庄司くんの肩を支えながら帰宅。上機嫌の庄司くん、ぽんぽん服を抜いでシャワーを浴びにいってしまった。俺の前で無防備に脱いだりしないでよ、といっても一つも聞いてくれない。「男同士やねんからええやろ」という、アンタほんとにわかってない。男同士でも、恋情が絡めば欲だって生まれる。細い身体、抱きしめたいし。できるなら組み敷いて抱きたいとも思ってしまう。アンタ相手にこんな感情が生まれるなんて大誤算だった。全然タイプじゃないんだもん。お金にも時間にもルーズだし、ヘビースモーカーだし、目つきも悪いし、身体中ピアスまみれだし。言葉だってキツい。ぐさりとくることを平気でいうのに、的を得ているから言い返せやしない。そのくせ、いつだって慰めてくれる。いつだって、欲しい時に欲しい言葉をくれる。いつだって、人のことを見ている。全然、タイプじゃないのに。惹かれて惹かれて仕方ないんだけど!
ジャーーーッとシャワーの音が響く部屋の中、俺は片付けられたテーブルの上の灰皿に、灰を落としながら庄司くんのことばかり考えている。やっぱり、あの女の子に連絡するのかな。庄司くんだったらするんだろうな。いやだな、今は、仮にも、俺の恋人のはずなのに。すう、はあ。タバコの煙がを肺にしみわたらせて、瞼を閉じる。庄司くん、庄司くん、庄司くん、……………庄司、くん。
アンタのためならアンタよりバイトして、家賃ぐらい俺が払ったっていいとか思ってしまう。アンタが楽しいならパチンコにいくお金だっていくらだって出してあげたい。アンタが喜ぶならセブンスターのタバコもカートンで買ってきてあげる。だけど、アンタは言葉では「俺に貢げ」なんて言っておきながら、全然喜ばないでしょ。知ってる。彼は人に頼ることも、甘えることも、尽くされることも、知らない。
俺が全部してあげたい。庄司くん、アンタに何があったかとか全然知らないけど、アンタが語らない全ての過去を、今の胸の苦しみを、全部、俺が溶かしてあげられたら。そう思うぐらいには、すき。陶酔してる。アンタに酔ってる。ここ最近、ずっと。
必要最低限のモノしかない、部屋。
テーブルに灰皿、でかい二人用マット、ふとん、棚の中にはCD数枚と、立てかけられたギター。目に付くものはそれだけ。「モノをおくの嫌いなの?」ときくと、「そんなことないけど、別に必要なくない?」という。寂しすぎるから、俺がモノを持ち込んで、部屋に色をつける。庄司くんは何も言わない。散らかしたって片付けてくれはしない。そんなもん自分でやれよ、と、同棲しているのに自分と他人という考えを捨てない。恋人のはずなのに、庄司くんと俺は交わらない。
初恋より苦しい。
初恋よりずっと難しい。
庄司くんにとって必要な人間になりたい。それが、こんなにも、難しい。
がちゃ、とシャワー室から庄司くんが出てくる。顔を上げると、裸のまま、水滴を拭いてないままの庄司くんがこちらに歩いてくる。
「ちょ!ちょっと!アンタなにしてるんさ?!酔ってる?!タオルどうしたわけ?!」
「いや、全部洗濯して干してるの忘れとったわ」
「じゃあ俺に言ってよ!そのままベランダ出る気だったの?!」
「アホかそんなんしたら変態やろ!服着て出るわ!」
「ビショビショのまま服着るつもりだったことも理解不能だから!もうそこから動かないで!」
ほんと時々信じられないことをするから、頭を抱えるけれど。タバコを灰皿に押し付けて、火をもみ消す。立ち上がってベランダに干されてるバスタオルを一枚ひっ掴んで、庄司くんの元にかけよった。
「ありがとう、助かるわ」
「……もー。身体冷えるし、床濡れるし、こういう時は俺を使ってよ」
「あー、うん、せやな。一人暮らし長かったから、あんま慣れてへんねん。」
バスタオルで髪を拭いて、身体を拭いてあげると、「もうええで、自分でできるし」といいながらタオルを引っ張ってくる。ほら、なんだって自分でやろうとする。なんだって。
「拭いてあげたいから拭いてあげる。はい、バンザーイ」
「バンザーイ…って!あほ!こそばい!脇の下むっちゃこそばい!」
「ほっそ。アンタなんでこんな細いんさ?チビだから?」
「殺すぞ」
でも、「俺がしたいからする」というと、軽口を叩きながらも、おとなしくしてくれるんだよなぁ。
俺がしたいから、抱きしめていい?っていったらどうするんだろ。俺がしたいから、キスしていい?とかいったら、キスしても怒らないのかなぁ。
足まできっちり拭いて「はい。服きて」というと、こくりと頷いたくせに、裸のままバタバタと冷蔵庫のほうに向かっていって、牛乳を取り出して飲み出す庄司くん。服を先に着てくれないかな、目に毒だからさぁ…。
「風呂上がりはやっぱ牛乳やな!しっかしあの居酒屋の匂い、服に染み付きすぎやわー。今日洗濯したばっかりやけどこれ匂い取れるかなー」
「服を着てください」
「あ、古賀もさっさとシャワーせぇよ?服はカゴにつっこんどいて、もっかい洗濯機回すわ」
「服を着てください庄司くん」
「あータバコ、タバコどこいれたっけ?ケツポケつっこんだままやったかな」
「庄司くん!!!」
「なんやねん大声だして、近所迷惑やで」
「服、着てよ。目のやり場に困るし。」
「お前…俺の身体拭いておいてそれ言うんか?どうかしてると思うわ」
「どうかしてるのはアンタだよ!わかってないでしょ、俺がなんでアンタにこんなこというのか!」
警戒心ゼロ。なら、正直アンタを無理やり押し倒して、無理やり好き勝手することなんて容易い。でもそれをしないのは、俺はアンタが俺を認めてくれるまで、本当の恋人にしてくれるまで、我慢したいと思ってるからで。だってなんだか、アンタはいつも恋愛に、男という存在に、すこし怯えているように見えるから。怖がらせたくない、だけど俺、思春期真っ盛りで、欲だって溜まる。目に毒、ほんとに、目に毒。理性のガタが外れたら、きっとアンタじゃ俺を振りほどけない。わかっているなら、俺は俺なりに考えてるんだよ。だけど答えがでないんだ。どれが正解なのかわからないの。
アンタを恋人にする方法。
「…わかったわかった、すまんな、これから気ぃつけるからそんな顔すんな」
困らせてばかり。
考えて、る、はずなのに。困らせて、ばかり。庄司くんが下着をとりだして、着る。スエットを取り出して、着る。待ってそのスエット俺のなんだけど。アンタどんな神経してんのよくわかんない。心を許して無いのかと思えばそんなこともない。自由奔放なのかとおもえばそんなこともない。
ぶかぶかのスエットの袖をまくって、カゴにつっこんであったズボンからタバコを取り出す。そしてテーブルの前に座って、火をつけて。ゆっくりと首を回す、庄司くん。あーもう、あー、髪、まだ濡れてる。風邪ひくからちゃんとドライヤーで乾かしなよっていってるのに。
「なー古賀ー。…お前、ゲイやんな」
「いきなりなんなの、そうだよ」
「どんな気持ちなん」
「え?」
「どんな気持ちで俺のこと見てる?」
タバコの、煙が。ゆらり、と宙を漂う。俺にそんなこときくの?何度もいってるのに、好きだって。言葉につまっていると、庄司くんは首をこきこきと鳴らしながら「参ったな」という。なにが、と言えない。俺の気持ちに?困ってるのかなぁ。
「お前、なんでも我慢してくれるから、調子乗ってたわ。ここはお前の家でもあるのにな。」
「ごめん、何の話?」
「生活の話やけど?同居ってしたことなかったから、イマイチ距離感わからへん。」
「…えっと?俺の気持ち的には、犯されてもいいなら裸でウロウロしてもいいよって感じさ?」
「まじで!!?絶対嫌やからやめよー。ほな俺もお前にやめて欲しいことあるんやけど、きいてくれる?」
へっへっ、と笑って、灰を灰皿に落とす庄司くん。やめてほしいこと?なに?この気持ちが迷惑だと言われたら、俺はどうしたらいいのかな。どくり、心臓が一回大きくはねた。首をかしげて庄司くんを見ると少し言いづらいのか、もごもごと唇を動かしている。あー、まって、やだ。またフられる。
「あんなぁ…」
「やだよ、恋を止めろとか言わないでね」
「は?あぁ。…まあじゃあ、その話からしよか。お前それ、絶対恋ちゃうからな?手近におった俺に、なんとなくその気になってるだけやからな。」
「違うってば!!」
「違わへんねん!だってお前、どうせそのうち飽きる!」
「はぁぁ〜??なんで俺の感情をアンタが決めんの?!好きなんだって何回も言ったさ!?もう忘れた?!」
「あーーーもう!お前、ほんっまめんどくさい!そんな簡単に、好きとか、いうな!!そういうん、恥ずかしいてしゃーないねん!!!もういい加減にして、俺やなくてもいいならはよどっか行って、あんまし心ん中まで入ってこんといて、お前は俺のこと、知らんから、知らんから好きやの恋やの言えんねん!ボケ!この、ボケ!!もう知らん!寝る!」
なんだそれ。
庄司くん、意味がわかんない、俺。
なんだそれ。
タバコ、まだ長いのに。もみ消してさっさとマットのある部屋に行ってしまった。なにそれ。言い逃げ?許さないよそんなの。なにそれ。めんどくさいのはお互い様じゃない?
マットに転がって俺に背を向ける庄司くんに、異様に腹が立って。その肩を掴んで引っ張り上げる。距離?鼻と鼻が触れそう、びくっと大げさに跳ねた、肩。なにをビビってんの?アンタ、ほんとにナメてたんだ?
「アンタが!!なんも教えてくれねーからだろーが!なんも知らないから好きなんじゃない、なんも知らなくてもいいぐらい、好きなんだけど!?一人でなんでも自己完結してんじゃねーよバァカ!この!バァカ!ブス!チビ!バァカ!好きだつってんだろ!」
「ぶ、ブス?!チビ?!殺すぞお前ちょっと美しい顔に産んでもらったからって!!ハーフやからって!!」
「いっ…てぇな!!髪掴んでんじゃねぇよ!」
マットの上で大げんかするなんて思ってなかった。庄司くんに思いっきり髪を引っ張られたから、俺も庄司くんの頭を掴む。時々蹴られるから蹴り返す、痛いしむかつくしなんなのアンタ、罵倒しながら喧嘩しても拉致があかないので、がしっ、と頬を両手で掴んだ。びくっと、またひるむアンタ、ほんとなんなの!!むかつく、むかつく、むかつくんだよ!
がんっ!!と思い切り頭突きをする。自分のデコも無茶苦茶痛いけど、俺のデコより庄司くんのデコのほうが痛いはずだ。額を抑えてギャーギャーいってる庄司くんの頬を、また、むにっと掴んだ。お互いボロボロ、髪も乱れまくってひどい。何度も、すきだっていっても、アンタに伝わらないなら言葉を変えよう。
「アンタみてぇなめんどくさい男を、俺のもんにしたいって物好き、この先一生現れねぇさ?!今のうちだよ、捕まえとけよ!」
逃げないでよ。
逃げるなら、俺の手の届く範囲でよろしくお願いします。わけわかんない壁作って、突き放さないでよ。俺は、アンタが、いい。
松がすきだった。そんなのもう、過去の話なんだよ。チビだしパチプロだしだらしないし顔だってかっこいいわけじゃないけど、それでも、アンタがいいと思ってしまったんだよ。惚れたもん負けでしょ?
「俺の感情を否定すんな、他のことならなんだって許すから!」
俺、今どんな顔、してんのかなぁ。庄司くんの大きい目が、見開かれるぐらいは、ひどい顔してんのかなぁ。
「いひゃい」
びろーんと頬を引っ張っていたからか、庄司くんが俺の手をぺちぺちとはたきながら睨みつけてくる。しまった、と思って手を話すと、庄司くんはそのまま、ベッドに仰向けに倒れこむ。
「ボケかお前、頭突きむっちゃ痛い。もうむり」
「俺だって痛いよ、何度も心臓さされてる気分さ?!」
「…………………………。ごめん。」
ぽつり、庄司くんの口から漏れた言葉が部屋の中を支配する。
「ごめ、ん。俺、あかん」
うそだ。
「そんな、まっすぐ心ぶつけてこやんといて、…、どうしたらええか分からんなる。」
うそだ。手の甲で目元を隠してる庄司くんの、声が。
「…さっき、やめてほしいことあるいうたやん。」
「うん。」
「俺より、後に帰ってくんの、やめてって言いたかってん」
震えてる。
「ひとりの部屋、慣れへんなってもうた。…もう、いやや。お前がいつ帰ってくんのか考えたりすんの、しんどい。」
どうしたらいい。俺は。
抱きしめたいほど愛しいと思っても、アンタきっと、それを望んでない。そこで気がついた。はじめに利用しようとしていたのは俺のほう、アンタの優しさに漬け込んだのは、俺の方。だけど、アンタの優しさがすべて寂しさからきていたことに気づけなかったから、拗れたことに。
俺が求めているのは、恋情。
アンタが求めているのは、愛情。
ひとりで立ってきた、彼の脚を折ったのは、俺。
だから、恋に転がらない。
アンタの寂しいは、俺の淋しいと、違う。
「…バイトの時間、変えてもらうことにするさ。」
きっと泣きそうなんでしょう。
俺の気持ちになかなか答えられない自分と、自分の甘えが交差して、それに苦しめられているんでしょう。
そうして苦しめているのは、俺でしょう。
だけど、ごめん。ごめん、譲れない。
その感情が恋に変わるまで、俺は俺の感情を譲らない。
もっと求めていいよ。
もっと欲しがってよ。
勘違いすればいい。それが恋だと思えばいい。俺はアンタの、泪に触れたい。
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