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egg
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朝、瞼を開けてみたら、庄司くんが朝ごはんを用意してくれていた。というか、卵焼きの焼けるいい匂いで目が覚めたっていうのが正しい。むくり、と体を起こしてぼんやりする意識を冷ますように部屋を見渡すと、誰もいなかった。その代わり、廊下に申し訳程度に付属されているキッチンに、人影がみえる。俺が起きたことに気がついたのか、ひょこり、と寝癖のついたままの頭がドアから顔をだす。「なんや、起きたん」とだけ言った庄司くんは、またドアの陰に隠れてしまった。…?いや、何をしてるの。なんて、聞かなくても分かった。ただ、珍しいなって思った。庄司くんがご飯を作っていることではなく、庄司くんがご飯を作っているところを目撃できたことが。
庄司くんは一人暮らし歴が長いから、ある程度の料理は作れて、いつも朝昼夜、ときっちり俺の分までご飯が用意されている。どんなに忙しいときでも、だ。掃除も、洗濯も、俺はあんまりしたことがないのに、いつも綺麗な部屋と無くならないバスタオルの数を見ると、庄司くんがしてくれていることがわかる。洗濯ぐらい俺がやるよ、って言ってるのに、「日中仕事のお前には天日干しできひんやろ、しけたバスタオル使いたないし」と、わけわかんない理由で断られた。じゃあせめて掃除は俺がするって言ったら、「やから日中仕事のお前が夜おそーに帰ってきて掃除機かけたら隣人キレるやろ!」と逆に怒られる。俺は、基本的に、この家でなにもしていない。あ、でも俺の私物は自分で片付けるように、よくテーブルの上にまとめて置いてある。他人のものだから勝手に触らない精神なのかな、べつに触っていいのに。片付けてほしい、とかじゃなくて。そうやって自分のものと俺のものを分けて考えている庄司くんと、ちょっと距離感を感じる。バイトから帰ってきて、まとめられてる自分の私物を片付けるのが日課だったのに、ここ最近は庄司くんが職を失ったから、まとめられてる自分の私物を片付けているところを庄司くんがじっと見てくるというのが日課になってきた。
五月もあと残り二日となった。気温がすこし高くなってきて、クーラーはいらないけど扇風機はそろそろ出したい季節。予定より2時間ほどはやく目を覚ましたけれど、気分は晴れやかで、目覚めの一服をしながらがらり、とベランダのドアをあける。スマホのロックを外して適当にツイッターでも開こうかな、と思ったときだった。
「?」
アプリのスケジュール帳に、1つの通知。あれ、今日は俺、バイトもないし予定もいれてないのに。なんだこの通知。と思って、アプリを開く。そしてさぁっ、と血の気が引いた。
5/30 庄司くんの誕生日!
と書かれている内容。最近はバイトに狂っていて、毎日のように朝から夜まで働いていたから忘れてた。恋人の!誕生日を!忘れてた!!
(最低すぎるさ、俺!!)
タバコを灰皿に適当に置いて、慌ただしく庄司くんのいる廊下に向かう。ドアをガッとあけて「庄司くん!!!」と呼ぶと、小さい寝癖頭がこっちをむいた。
「なんや朝から元気やな」
「た、誕生日おめでとう!!!」
「あん?…あー、俺今日が誕生日かーおめでとう俺ー20歳やん、もうタバコも酒も年確にビビらんと買えんなー!」
「……あーーーー!!!失敗した、俺最悪…!記念すべき20歳やのに、何にも用意してない…!」
頭を抱えてしゃがみこむ。ガスコンロが近いからか、じゅーっと何かが焼けてる音が大きく聞こえた。もうまじでありえない、自分の彼氏力の低さに絶望していると「え?なんで?」と本気で困惑したような声が頭上から降ってくる。
「一番におめでとうって言ってくれたやん、十分十分。ってかよー覚えとったな、俺の誕生日!自分でも忘れとったわ!」
顔をあげると、口元を緩めた庄司くんがフライ返しでなにかをひっくり返している。ちがうんだって、本当はもっと盛大に祝いたかった。っていうかもう朝なのに、人気者の庄司くんに、俺が一番におめでとうって言ったの?それほんと?
「おめでとうって、他の人からラインとかこなかったの?」
「ん?ていうかお前しか俺の誕生日なんか知らんよ、そんな話題ならへんし」
「なるよ!?マジで!?もーじゃあ尚更最悪じゃん!!」
すくっと立ち上がると、「ちょ、お前邪魔やわ部屋はいっとけ」とあしらわれる。でも俺は自分より頭一つ…いやもう少し小さい庄司くんがいつもどうやってごはんを作っているのか唐突にきになって、庄司くんの背後からフライパンの中を覗き込んだ。
「………おいしそう。」
「ただのハムやん。」
「さっきまで卵やいてたよね」
「卵と味噌汁だけやったら味気ないからハム出してん。なんや、味見する?あ、卵といた箸しかないわ、まあええか。はい」
厚めに切られたハムを、さらに半分の半分に割った庄司くんが、ぶすり、と箸を突き刺して、ひょい、と俺の口下にもってきた。
「多分舌いかれるぐらいあついからふーせぇよ」
「あ、うん。」
ふーふーと何度か息をふきかけてハムを冷まして、箸に突き刺さったハムを庄司くんの手からそのままぱくりと食べる。あっつ、めっちゃあつい!めっちゃあついけど、相変わらず美味しい。もぐもぐと口を動かす。俺を見上げる庄司くんが「あとでケチャマヨ用意するわな」という。いや、必要ないぐらい美味しいし。
「美味しいー!!!!お腹すいてきた!!」
「これ素材の味やで」
「絶対嘘、塩の味するもん」
「塩ー?あー、ふったかも?わからんけど食えるんやったらええわ。ほんでお前ははよ顔洗ってきーや、もうご飯よそうだけやで!」
庄司くんが卵焼きとハムを皿に乗っけて、「野菜ないな!まあええか!」といいながら笑った。
俺は庄司くんの言う通りに顔を洗いに洗面台に向かう。…………ま、まって!!ちょ、まっ、いまの一連の流れめっちゃ恋人っぽくない!?
ていうか新婚!!進歩かな!?
なんだか嬉しくなって顔がにやける。ついでに熱い。冷水をだして顔をあらって、歯を磨く。髪型がすげぇことになってる、寝癖とパーマがミックスされて意味わかんないことになってる。恥ずかしくなって、髪も水で濡らした。
部屋に戻ると、テーブルの上にはご飯とお味噌汁と卵とハムが置いてあった。そして庄司くんがエプロンを外しながら俺を睨んでくる。
「えっ、なに?」
「お前ータバコ火つけっぱやったで、危ないから消せよ?」
「あ!!そうだった、庄司くんの誕生日って思い出してそれから放置してたんだ!ごめんー!」
「勝手に消しといたで、ほなはよ座りー」
座椅子にちょこんと座った庄司くんの向かい側にすわって、手を合わせる。一緒にいただきますといって、朝食をとった。おいしかった。
「庄司くんって好きな食べ物なんだっけ?」
「肉」
「男らしい!けど、そうじゃなくて料理でお願いします」
「料理ー?そう言われてみたらぱっと浮かばんなぁ、あ、エビチリ」
「コアなとこ責めないで。もっと優しいので!」
「注文多いねん!優しいのってなんやの、えー。ほなカレー」
「!!カレー!!カレーだね!?俺、晩御飯つくる。カレー!」
「は?なんでまた?お前料理なんかしたことないやろ」
「うん、だけど庄司くんの誕生日だし、俺なんにもしないのはやだ。ちゃんとお祝いさせて?」
「へっへっへっ、おもろいなぁ古賀は。誕生日やからって特別なことせんでもええのに、…んー、ほなあとで買い出しいこか。カレーにつかえそうな食材ないし」
「うん!ていうかできればデートしよ?買い出しして帰ってきたら、カレーの作り方教えて?」
「いや俺が教えんのかい!!なんやそれ!ま、ええか。デートってなに?どこいくん?遊園地とかいうたらしばき倒すで」
「遊園地嫌いさ?」
「嫌いちゃうけど二人で遊園地行って何がおもろいねん。あ、俺あれがええわ、映画」
「映画!?まじ、庄司くん映画なんかみんの!?」
「見るわばかにすんなよ、あのー名前なんやっけかな、もふもふのくまみたいなんでてくるやつ」
「なにそれ」
「アニメのやつやん、もふもふのくまみたいなんでてくんねん、くまなんかなんなんかはわからへん。」
「アンタいつもわけわかんないたぬきのぬいぐるみ抱っこしてんじゃん。それで満足できないの…」
「たぬきちゃうわ、はっ倒すぞ。あーーもやもやする、あのもふもふのくまみたいなんでてくるやつなんやったかなーー!」
わかんねーよなんだよそれ。
今流行りの映画を片っ端から思い出してみるけど、もふもふのくまみたいなやつがでてくる映画が該当しない。颯爽に朝食をとりおわった庄司くんが、アイフォンで「もふもふのくま 映画」で検索してるけど、そんなので出てこないとおもう。
近くの映画館情報を見た方が早いよ、と教えて、俺は皿を片付けた。
「あー、皿そのまま置いときー、俺が後で洗うから」
「…俺が家にいるときぐらい、俺にやらせてよ。」
「お前食器洗えんの?」
「ばかにしすぎだからね?」
シンクに立って、皿を洗いながら、もふもふのくまみたいなやつがでてくる映画なんてあったっけ、ともう一度思い出してみる。いや、ない。ないよそんなの。何のことを言ってるんだろう。
皿を洗い終わって部屋に戻ると、庄司くんが床に転がっていたたぬきのぬいぐるみを膝に乗せながらタバコを吸っていた。シュールすぎる光景だけどもう見慣れたからとくに突っ込みもしないで、「タイトルわかった?」と聞くと「ぱんだの村やわ」と帰ってきた。
ぱんだの村…。今子供に人気のあの映画か、…いやちょっとまって!!?
「それぱんだだね!?」
「いやあれはくまやった」
「や、…ぱんだの村ってことは、ぱんだだよね!?」
「パンダもくまも一緒やろ!!!!」
「いっしょじゃねーよ!アンタ動物の形状把握苦手なの?!」
「あーうっさいうっさい!!ええねんもふもふやったらなんでも!!」
いやいやいや、いやいや…
本当にもふもふの動物すきなの?たぬきのぬいぐるみにしろぱんだの村にしろ、いろいろ間違ってるよ。…でも、いっか、それがみたいなら見に行こ、俺は欠片ほども興味ないけど。今日は庄司くんの誕生日だし!
「皿洗いありがとうな、手ぇ冷えたやろ」
「んん?そんなことないさ、だってもう夏前だし」
「それもそーかー。ほなついでに夏服も見にいこか、お前服選ぶんすきやろ、選んで」
「いいの!?いくー!いくー!すぐ用意するさ!」
「おう、俺も用意する。いうて着替えるだけやけどな。」
「アンタ寝癖どうするつもりなの」
「そんなもんワックスでばーっとやったらなんとでもなるねん」
「男前だね…俺はちょっとドライヤーするね」
「女か!!!」
クローゼットをあけて、今日の服を選ぶ。ついでに庄司くんの服も選んで渡すと、「お、ありがとう。ほな」といって、トイレに向かっていく。「え?うんこ?」ときくときょとんとした顔が俺を三秒ぐらい見つめてきて、にや、と不敵な笑みを浮かべる。
「お前がスケベしたくならんように気ぃきかせてんねん」
ぱたり、と廊下のドアが閉まる。そしてがちゃ、とトイレのドアが開く音がした。
………まじか、なんだよそれ、ほんとに気をつかってくれてる…。
「…抱っこしたい…」
なんだあの人、すげぇ可愛い。
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