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映画を観ることになったから、庄司くんが服を着替えてる間にチケットをウェブ予約して、俺も俺で服を着替えて洗面台に立った。髪を大げさなほど濡らしてドライヤーで整えて、あとはワックスとスプレーつけるだけーって時に、庄司くんが俺の背後からぬっと姿を現した。
「うっわ、びっくりした」
「おう、遠回しにチビっていうてんのか?しばくで」
言ってない。言って無いのに、庄司くんの手のひらが俺の腰をバシッと叩いてきた。「痛いよ〜」というと、独特な笑い方をしながら、狭い洗面台に並んでくる。
「せやー、俺のワックスもう無いねん、貸して」
「いいけど、…っていうかワックスぐらい同じの使おうよ、おっきいの買ってくるから」
「ナイス、やらかいのがええなー硬いやつ嫌やで」
「俺もやらかいのがええー……って、関西弁移った!!やめてよ!」
「へっへっ、なんやそら。…まあ、長いこと一緒におったら似てくるっていうしなぁ」
まず、やらかいってなんだよって話なんですよ俺からしたら。初めは違和感だらけだった関西弁にも慣れてしまえばいちいち意味を聞き返すこともなくなって、日常に馴染んできた。片付けるときに「これ元んとこ直しといてなー」っていわれて、意味がわからなくて故障してるところを探してた始めの頃の俺が懐かしい。庄司くんが俺のワックスを手にとってわしゃわしゃと髪をセットする、その横で俺もワックスを手にとって髪を整える。俺より時間をかけないでスタイリングされた髪、スプレーもしないで庄司くんは手を洗って部屋に戻って行った。
用意はできた、あとは出かけるだけ。靴を履いて部屋を出る。庄司くんが鍵を締めるのを見ながら、俺は映画の時間を確認した。今日、バイトが休みで本当に良かった。天候もいいし、いいデート日和。
「古賀また背ぇのびたな。どこまで伸びんねんやろな」
「どうだろ、ほんと毎日節々が痛くて仕方ないさ。190センチぐらいになっちゃったりして?」
「そんなんなったらお前の顔見んのも一苦労やな」
駅まで歩く間、たわいもない話をして、途中でコンビニでコーヒーを買った。飲みながら歩く、日差しがもう、夏を呼んでいた。
今日は世間的には平日で、フリーターの俺たちには平日や休日の概念はあまりない。がらがらの電車に乗って三駅、都市部に出て、映画館に向かう。平日といっても町は賑やか、忙しそうなサラリーマン、サボってる学生、スナップ撮ってるカメラマン、カットモデルを頼んでる美容師…エトセトラ。たくさんの人で賑わう町は忙しない。飲みほしたコーヒーをゴミ箱に捨てて、庄司くんが人波に流されないように一歩後ろを歩いた。
…ちいさいな。やっぱりちいさい背中だ。なのに凛としてみえるのは、伸ばされた背筋と纏ってる雰囲気のせいだと思う。かっこいいなぁ、と、思う。かっこいいよ、ちっさいのに。時折、庄司くんが振り向く。その度ににこ、と笑うと、「お前は俺のボディーガードか!」とつっこまれた。…ちがうよ、彼氏のつもり。と言いたかったけど、やめた。
最近気づいたことがひとつだけある。俺が庄司くんを恋人扱いすると、庄司くんが曖昧な顔をするということ。その曖昧な顔はなに、うまいこと話を逸らされてずっと気がつかなかったけど、庄司くんはきっと、この関係を良く思ってない。
それは初めからわかってることだった。俺が無茶を言った。庄司くんは俺に同情して、恋人ごっこに付き合ってくれてるだけ。恋人として付き合ってくれてるわけじゃない、ただのごっこに付き合ってくれてるんだ。と、自覚を持つようになったのは、俺としては成長だと思う。
だけど。
欲しいと思ってしまったら、もう仕方ないんだよ。こんなちんちくりんに惚れる予定なんてなかったんだ、これっぽっちも、欠片ほども、タイプじゃない。だけど、庄司くんはたぶん、人を魅了する天才だ。俺がGactというバンドに惚れた理由も、そういえばこの人の声だった。
この人の存在だった。
ごめんね、と思うよ。
アンタの大事な時間を、俺みたいなのに使わせて、ごめんね?
だけど知ってるよ、庄司くん。
アンタ、ちょっとずつ俺に絆されてるでしょ?
欲しいものは、騙してでも手に入れたい主義なんだ。
俺はずっと、急いでいた。
庄司くんの気持ちを急かしては、庄司くんを困らせた。
それが逆効果だと気づいたら、馬鹿じゃなければ作戦を変えるでしょ。
恋の駆け引き?
うまくできない。
そもそも、そんなのが通用する相手じゃない。庄司くんは俺の百万倍上手だ。
手は出さない、俺からは庄司くんに 『なにもしない』ことにした。
彼氏ヅラしない代わりに、想うのは俺の自由で、俺の権利だし、勝手に恋をしていようと思う。気長に待つ?いいや、とんでもない。
視線で恋を告げることは、容易い。
ほんとに恋をしていれば。
駅から歩いてすぐ、映画館についた。庄司くんに飲み物買っておいて、と告げて、俺は券売機でチケットを発券する。庄司くんのほうが先に買い終わっていて、壁にもたれて俺を待っていた。
「飲み物、何買ったの?」
「古賀のは黒いコーヒー、俺のはメロンソーダ」
「好きだねメロンソーダ」
「コーラかちょっと迷ったで」
上映時間が迫ってたから、そのまま待つことなく会場に入った。男二人が子供向けアニメの映画を観ることが微笑ましいのかおかしいのか、チケットを千切るお姉さんがすこし笑いながら特典のキーホルダーを渡してきた。特典のキーホルダーは例のクソブサイクなパンダで、庄司くんはめちゃくちゃ嬉しそうだった。かわいいな、と思うけど、口に出さない。コーヒーと一緒に飲み込んだ言葉は胸の中を掻き乱した。
「そんなにこのパンダすきなの?俺のキーホルダーもあげよっか?」
「ん?んー、このなんとも言えへんブサさたまらんやん?でもお前のキーホルダーはいらん。」
「がめついアンタのことだから欲しがると思ったのに」
「アホか。せっかくのお揃いやで、家の鍵とかにつけとこ」
ああああああああ好きだなぁーーー、もーーー、なにもしない、なにもいわない、俺の好きはいわない、俺の恋はいわない、言わない!言わないかわりに、募って募って募って、募って、くるしい。胸がいっぱいになる、今にも「そういうとこがすき」とか言っちゃいそうさー!
映画館の中が暗くてほんとによかった。俺の顔、今きっとめちゃくちゃ赤い。こんな安っぽいキーホルダー、宝物になっちゃいそう。俺の隣の席に座って、家の鍵にキーホルダーをつけてる庄司くんを横目に、感情を隠すことに必死になっている。
なんども抱きしめた体は恐ろしく小さかった、それから細くて、思っていた何倍も潰してしまいそうだった。恋の駆け引き。うまくいかないのわかってる、わかってるけどもし、もし庄司くんの彼氏になれる確率が少しでも上がるなら、俺はいくらでも我慢する。
庄司くんの特別の特別になれるなら、俺はいくらでも努力する。
庄司くんの隣を他の人に明け渡すことだけはしたくない。
この人、いつも凛としてるけど。
いつもかっこいいし、なんでも平気そうにケロっとしてるけど。
本当はめちゃくちゃ、痛がりだから。
恋人ごっこ、いつまで続ける?
そういわれたら、庄司くんが恋人になるまでだよ。と答えてきたけど。
俺はアンタが死ぬほど好きだって、言ってきたけど。
もし今度、またそんなことを聞かれたら。じゃあもう、やめる?って言ってみたい。そしたらどんな反応するかな、傷つくかな、少しは渋ってくれるかな、俺はアンタにとって、どんな存在かな。気になることは山積みだ。試すような真似、したくないけと。試してみないとアンタのことは一つも分からない。教えてくれないもんね、知って欲しくないのかな。そんなことを考えていたら、映画が始まった。
いつもわーわー騒がしい庄司くん、上映中もうるさいのかと思えば息してますか?ってレベルで静かで、メロンソーダを飲んでいる音さえも聞こえなかった。
俺は子供っぽい趣味をしているけれど、アニメにハマったことは人生で一度もない。2時間弱、この子供向け映画を真剣にみてられるかなぁ、と心配だったけど、案外…いや、かなりの良作で見入ってしまった。っていうか、泣いた。
映画が終わって館内の明かりがパッとついた。
俺は鼻水と涙で顔が酷い有様になってることだと思う。こんな予定じゃなかったからハンカチとかも持ってきてない、やばい、俺ダサすぎる。庄司くんの顔見れなくて俯いていると、ぬっ、と下から顔を覗き込まれた。
「ぶっ!!!ははは!!!ははっ!!」
「な、な!んで!笑うの!」
「えっ、静かやな、って思ったらおま、……ムッチャ泣いてる!!ははは!待って、まじか!!」
「ちょ、アンタ声でかい!!周りの人こっち見るからやめて!!」
「泣くとこあったかぁ?あーあー、顔汚ったな〜」
「あったよ!何観てたんさ!?弱虫のパン太郎が勇気だしてヒロインのパン子助けにいくシーンやばかったっしょ!?」
「毛玉が転がっとるなーぐらいにしか思わんかったわ!は〜感受性豊かやな〜」
「信じられない!アンタがパンダ見たいって言ったんだよ!?もっとこう、感情移入しなかったんさ!?」
「いやだって、むりやん、パンダやもん」
「もーー、ほんとそういうとこ、」
「ん?」
どうかとおもう、って言おうとしたのに、にんまり笑う庄司くんの表情に負けた。庄司くんは俺の顔をじっとみて、笑う。笑う。
「ほんまブスやなお前」
そう言いながら、Tシャツの袖で俺の顔をぐしぐしと拭いてくれた。
「ふがっ、鼻水、つきますよ先輩」
「今さらじゃボケ、ほんま手ェかかる後輩やのぉ」
あーーーーやさしい。かわいい。
すきだなぁ、と、またここで、恋が募る音がする。心臓ぎゅんぎゅんする感じ、ここが痛くなる感じ、庄司くんには、ない?
暫くして落ち着いて、俺たちは映画館を出た。さっき受付だったお姉さんが、俺の顔をみてまたすこし笑った気がした。やめてよ恥ずかしいなぁ、もう!
時間は13時を少し回っていて、お昼ご飯どき、なんだけど。なんともまあお腹空いてない。そりゃそうだよな、さっきたらふく庄司くんが作ってくれた朝ごはん食べたばっかりだもんなぁ。
「腹減った」
「嘘でしょ!?俺まだ消化してないよ朝ごはん」
「マジで?ほな…このまま買いもん行く?」
「んーん、庄司くんお腹空いたんでしょ、どっかはいろ?何食べたい?」
「お好み焼き」
「………がっつり食うね?」
「アホか俺はいつでも腹減ってんねん、燃費悪いからなぁ」
そう言えばそうだったな。庄司くん、燃費悪いって前にも言ってた気がする。だけどあんまりそんなイメージがないのは、あったら食べるけど無かったら食べないからだと思う。俺と過ごしてるかぎり、食べ物ぐらい我慢しなくたっていいのに、だけど庄司くんは庄司くんなりにお金の使い方を考えて我慢してるんだろうな。…やだなんか、悲しくなってくる。
「俺たち絶対売れようね、庄司くんがお腹いっぱい食べれる毎日にしよ」
「へっへっへっ!おもろいこと言うやんけ、導いたるからついてきてくれよ、心臓ちゃん」
どす、っと庄司くんのこぶしが俺の左胸を叩いた。俺は、この人に認められている。どれほど恋をしても、どれほど手に入れたい存在になっても、尊敬する人であることには変わりないから、嬉しくなっちゃう。それぐらいいよね。
映画館を出て、お好み焼きを食べいった。今日は庄司くんの誕生日だから好きなだけ食べていいよって言ったら、お好み焼き4枚に焼きそば特大を一人で平らげていて、ほんとにその小さな体のどこに消えていくのか不思議で仕方なかった。俺はジュースを飲みながら、庄司くんの食べる姿をずっと見てた。
惚れたもん負けとはよく言ったもので、ほんとにそうだと思う。ずっと見てても飽きない、ずっと見られていても庄司くんが気にするそぶりはなかった。どうでもいい話をしながら昼食を終えて、お会計をすませて、また街にでる。「ごちそーさん!」って笑う庄司くんの顔をみて居たら、5000円弱の昼食代なんてクソ安いもんだな、と思えた。
いやほんと、俺ってそうとう、惚れ込んでると思う。
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