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第5話
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仕事を終えて自宅に戻ると、午後二時になっていた。シャワーを浴びて着替えを済ませ、大悟の迎えのために部屋を出て施錠をする。
「久しぶり、ケイちゃん!」
いつかも聞いた甲高い関西弁に、シラサカは振り向き、目を丸くした。
「ミカちゃん!?」
カナダでの現地協力者ミカちゃんこと藤原美佳は、武器商人藤原治巳の妻であり、カズミこと藤原和己の義母でもある。
「相変わらず男前やね、見てるだけで惚れ惚れするわ」
ミカはシラサカの左腕を掴んで握りしめる。これが何気に痛いのである。
「いつ日本へ? カズミはどうしたんです?」
「あの子と一緒に決まってるやないの。花村さんから聞いてへんの?」
そして今度は背中をバシバシと叩く。やはり痛い。
「いや、ボスからは何も……」
「旦那経由でカズミを貸してほしいゆう話があったんよ。ウチらの事情もなんとかするからゆうて」
和己はとあるヤクザの隠し金庫の金を全て拝借し、治巳の敵討ち(当時は治巳が生存しカナダへ出国したことを知らなかった)をハナムラに依頼した過去がある。そのため、治巳は勿論、和己とミカも日本へは戻れないという話だった。
「カズミが金をかっぱらった組事務所って、石田組ですか?」
レイから急ぎの仕事として依頼されたのが、その石田組の幹部数名の処分であった。
「そやで。もしかして、それもケイちゃんが片づけてくれたん?」
「はぁ、まあ、そういうことになるかと……」
ミカは少女のように目を輝かせ、シラサカに抱きついた。
「ケイちゃん、ありがとう、ホンマありがとうな!」
シラサカは盛大に顔を引きつらせた。
「俺は、仕事をこなしただけですから……」
「私らケイちゃんには一生頭が上がらんわ。これからは、なんでもわがままゆうてな!」
ミカはシラサカをぎゅうぎゅうと抱きしめ、笑顔で背中をバシバシと叩いた。
そういうことでしたら、今すぐカナダにお戻りいただきたいのですが……
なんて、言えるわけねえだろ!?
シラサカは心でひとりツッコミを入れた後、大きな溜息をつく。そこで肝心の人物が見当たらないことに気づいた。
「ところで、カズミは?」
ここでようやくミカが離れてくれた。
「今日から大悟君の高校行くゆうてたけど。そうそう、私ら、このマンションの三階の部屋に住まわせてもらうことになったんよ。大悟君と近い方がええゆうてくれてな。今夜は皆で晩ご飯しよか思うて、誘いに来たんよ」
高校だけでなく階下に住むなんてと、シラサカは更にショックを受けたが、ミカの誘いには了承した。後で伺いますと言って彼女と別れ、シラサカはエレベーターに乗って地下駐車場に向かった。
私用の車に乗り込み、薄いブルーの色付きサングラスをかけた後、いつでも動かせるようエンジンをかけてから、シラサカはレイに電話をした。
「おい、なんでカズミを呼んだんだよ!?」
開口一番、文句を吐き出すシラサカ。不可解だったレイの言葉の意味がわかった。大悟につける最適な人物とはカズミ。彼が心置きなく日本で暮らせるために、処分をシラサカにさせたのである。
『この件に関して、藤原和己以上に最適な人物がいるとは思えないのだが』
レイの答えは間違っていない。大悟の状況を考えれば、カズミを側に置くのは賢明な選択である。
『それとも、何かマズいことでもあるのか?』
大有りだと言いたかったが、さすがに口を噤んだ。カズミは大悟が好きだった。それを横からかっさらったのはシラサカなのだから。
『こちらからも連絡を入れるが、しばらくカナリアを会社に来させるな。マスコミが嗅ぎ回ってることはまだ伏せておけ』
言いたいことだけ言って、レイは電話を切った。シラサカは大きな溜息をついた後、車を走らせた。
「あー、マジかよ」
車内でひとりきりということもあり、シラサカは独り言を声にした。
他の人間ならこんな風に考えたりしない。カズミはシラサカより大悟のことを知っているのだ。過去に虐待を受けていたこと、同性間のセックスのやり方をレクチャーしたこと。それに同じクラッカー同士でもある。
「いやいや、ハニーが好きなのは俺だ、この俺なんだ、カズミじゃねえ!」
独り言のトーンがどんどん大きくなってきた。それほどシラサカは動揺していた。
そうこうするうちに、車は大悟との待ち合わせ場所に辿り着いた。一旦落ち着こうと、シラサカは車を停め、外に出て煙草を吸った。大悟がいることもあり、家でも外でもほとんど吸わなくなったが、仕事の後など気が高ぶっているときは口にする。ニコチンを摂取して、シラサカは徐々に冷静さを取り戻していった。
カズミはハニーのことを諦めたし、ハニーは俺しか見てないんだし、そんなに心配することもねえか。
言い聞かせているうちに、シラサカは自信を取り戻した。吸い殻を携帯用の灰皿に入れ、車に戻るかと歩き出せば、同じ制服を着た大悟とカズミが前方を歩いていた。駆け出したシラサカの耳に、ふたりの会話が飛び込んできた。
「藤原のせいだぞ、変な噂になって散々じゃねえか!」
「ええやん、ええやん。ああゆうたら誰も寄ってけえへんし、ふたりでおっても自然やろ」
「だからって、クラス全員の前で俺が好きだとか言わなくても──」
大悟の言葉にショックを受けて立ち止まるのと、シラサカの気配に気づいたカズミが声をかけてきたのは同時だった。
「あ、ケイちゃん、久しぶり!」
「カズミ、今すぐ説明しろ、おまえ何やった!?」
「K、何やってんの、やめなよ!?」
シラサカは大悟が止めるのも聞かず、カズミの胸倉を掴んで詰め寄っていた。
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