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第7話
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夜になった。シラサカは大悟を連れて、階下の藤原家を訪れた。大方の予想通り、食卓にはハンバーグが並べられていたが、大悟は目を輝かせて美味しいといって口に運んだ。ミカは上機嫌になり、明日も食べにおいでといって盛り上がった。
「あーあ、またハンバーグ地獄の始まりや」
シラサカとカズミは、リビングのソファーに座り、キッチンで後片付けをするミカと大悟を眺めていた。傍目から見ると、親子のように見えなくもない。
「それ以外のものを食べたいと言えばいいんじゃないのか」
ミカのハンバーグは確かにうまいのだが、毎日続くと飽きるのである。
「ここだけの話な、ミカちゃん、ハンバーグ以外は微妙やねん。料理はオトン担当やから」
治巳はカナダで小さなレストランを経営していた。日本食のメニューはどれもこれも美味しかった。
「なら、おまえが作れよ」
「そうしたいところやねんけど、まだ包丁持たれへんから」
カズミも大悟同様、酷い虐待を受けていたと聞いている。配慮が足りなかったとシラサカが謝ろうとすれば……
「気にせんとってや。いつまでも気にしてる俺がアカンねんから」
カズミはなんでもないように言った。勝手に嫉妬して、玄関で大悟を抱いた自分が恥ずかしくなってきた。
「おまえ、いい奴だよなぁ」
「今頃わかったん? それやったら大悟譲って」
「それとこれとは話が別」
「そやな。俺は大悟のオカンやから。せっかく好きやゆうたのに、さらっと流されたしな」
そう言って、カズミはケラケラと笑った。大悟のことは既に終わったことなのか、こんな風に笑えるカズミがうらやましく思った。こんなに誰かを好きになったのは生まれて初めてで、一時も離したくないとすら思っている。
俺に足りないのは、潔さってことかよ。
まるで子供のような独占欲に、シラサカ自身が一番戸惑っていた。
「ミカちゃんさんのハンバーグ、美味しかったね!」
家に戻ると、大悟がコーヒーを入れてくれた。リビングのソファーにふたりで並んで座ったものの、玄関で無理矢理行為に及んだ気まずさを拭い切れない。たまらずテレビのリモコンに手を伸ばすも、一瞬早く大悟に取られてしまった。
「聞いて、K」
大悟はまっすぐにシラサカを見つめて言った。
「俺はKに比べたら子供だし、何も出来ない。でも、世界中の誰よりもKのことが好きだよ」
体裁を気にして、少しでも良いところを見せたかった。大悟は自分のことを子供だと言ったが、むしろ、こうして本音をさらけ出せる彼の方が大人だとシラサカは思った。
「たとえ受け止められなくても、好きな人のことは知りたい。だから、話して」
完敗、だな。
シラサカは大悟に向き合い、話を切り出した。
「俺さ、ジェットコースター苦手なんだよね」
意味がわからないと言ったように、大悟は目を丸くした。
「あんなもん乗って喜ぶ意味がわからねえ」
「うん、そうだね」
困惑しながら返事をした大悟の体を引き寄せ、抱きしめる。彼の体温と鼓動を肌で感じながら、シラサカは覚悟を決めた。
「ハニーにさ、俺だけ見てってずっと言ってるけど、それは離れたらすごく不安ってことなんだ」
内容はともあれ、誰かに弱音を吐くのは久しぶりだった。
十五歳のとき、ドイツから初めて日本へやってきて、シラサカアカネという女性と二週間過ごした。自分の母だと知ったのは、目の前で殺された後だった。あのとき、彼女に縋って泣いて以来のことになる。
「俺はハニーの高校には行けないし、一緒に授業も受けられない。その間、どうしてるのかすごく気になる。本当は高校なんか行かなくていいって思ってるけど、それは俺のわがままだから」
「だったら、行かない」
大悟が震える声で言った。
「Kを不安にさせるぐらいなら、学校なんか行かなくていい!」
「それはダメ」
シラサカは大悟の背中をさすってやった。
「でも、Kは嫌なんでしょ!?」
「辞めたら、二度と学校には行けないんだよ」
「いい、それでいいから!?」
「嫌な思い出で終わってほしくないんだよ」
カズミという存在があったにせよ、カナダでの学校生活は、大悟にとって思い出したくない過去である。
「日本で平和な学生生活を送ったという思い出に塗り替えるんだ」
江藤大悟としての時間は、あとわずかしかない。そこから先は、もう二度と陽の光の下には戻れない。
「ハニーには笑っていてほしいから」
体を離して大悟と向き合う。涙でぐちゃぐちゃの顔を見て、シラサカはクスリと笑う。
「もう泣かないって言ってなかったっけ?」
「泣いてない……」
必死に嗚咽を堪え、大悟は右手の甲で目をこする。
「俺もぶっちゃけたからさ、ハニーも泣いていいんだよ」
こくりと頷いて、シラサカに抱きつく大悟。
「話してくれてありがとう、K」
「カズミに嫉妬したなんて、カッコ悪くて言えなかったんだよ。ミカちゃんから、カズミがハニーの学校行ったって聞いて、気が狂いそうだった」
「藤原は友達だよ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
涙が止まった大悟は、自分からシラサカの唇に触れた。
「何度でも言うよ。俺が好きなのはKだけ、愛してるのはKだけだから」
大悟が思っている以上に、シラサカは彼を愛してやまない。だからこそ、少しでもよく見せようとするし嫉妬もする。自分にこんな人間らしい感情があったことに驚かずにはいられない。
すげえカッコ悪いけど、こういうのも、悪くねえのかもな。
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