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第56話
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草薙が持っていた脅迫状と全く同じものを花村も持っていた。この事実は何を指し示すのか。
「これを、どこで?」
A4サイズの紙に印刷されており、家で見たものと変わらないはずなのに、どういうわけか違和感を覚える。
「あいつが怪我をした際にね」
つまり、大悟が発見する以前から、花村は脅迫状の存在を知っていたことになる。早々にレイを直人達(警察側)に貸し出した理由がわかった。わかったのだが……
納得は出来たんだけど、なんか引っかかるんだよな。
「気になることがあるのか?」
レイの声で大悟は我に返った。同時に、テーブルにホットコーヒーが置かれた。
「草薙のところにあった脅迫状を見たのは、おまえ達だけ。何かあるなら遠慮なく言えよ」
レイの気遣いに、大悟は頷き、なんでもないと言葉を返した。違和感の正体は気にならなくもないが、花村のところへ来た理由はそれではないから。
「この脅迫状に、Fの無念という言葉があります。これは藤井英介さんを指し示すものだと思うのですが、彼と草薙さんの間に何があったか、ボスはご存知ですよね?」
考える暇もなく花村と対面になったので、単刀直入に聞くしかなかった。怒鳴られることも覚悟し、大悟は両手の拳を握りしめて俯いた。
「若さとは、恐ろしいものだな」
花村の声に、恐る恐る顔を上げれば、意外な事に笑っていた。
「申し訳ありません、ボス」
すかさずレイが頭を下げる。
「勘違いしないでくれ、褒め言葉だ。なかなかの人材を連れてきたな、シラサカ」
困惑しているのは大悟だけではないようで、隣に座っていたKも、曖昧に笑うことしか出来なかった。
「君の度胸に免じて、少しばかり昔話をしようか。但し、この場限りにしてほしい」
どういう気持ちからであれ、プライベートな事を話してくれるのは嬉しかった。はいと返事をして、大悟は姿勢を正した。
「今の君と同じ年齢だった頃まで、私は浅田の家を嫌い、花村という裏の存在も嫌っていた。古くからの因襲をいつまで続けるのか、こんなことが許されていいのかと考えていた。だからこそ、真逆の存在である警察に憧れを抱いた。草薙とは、高校で前後の席になったことがきっかけで出会った。彼は警察官僚の家系だったが、境遇は違えど同じ想いを描いていた。未来は変えられる、新しい未来を作るのは自分だと信じていた」
だが草薙は警察官僚となり、花村は裏社会の人間となった。彼らはなぜ未来を諦めてしまったのか。
「そこに、ヤスオカとキョウ、英介が加わった。目指す道も考え方も異なっていたのに、どういうわけか気が合ってね」
ヤスオカはレイの前に情報屋のリーダーだった人物で、キョウは言わずとしれた松田のことである。
「私と英介は、大学へ行かず高卒で公務員試験を受けて合格し、警察学校へ入校した。大学へ進学すると言って周りを欺いていたから、この事実が明るみになると大騒動になってね。友人というだけでキョウが拉致された。ヤスオカが親に頼んで手を回して無事に帰って来られたが、あれ以来、キョウは肝が据わったよ」
松田が何事にも動じないのは、そういう経緯があってのことらしい。
「キョウの次は草薙と英介だった。草薙が無事に帰って来られたのは、草薙とハナムラが裏で繋がっていたから。草薙の家が警察官僚であり続けたのは、ハナムラを自由に使うため。ハナムラが裏で力を持ち続けたのは、警察を味方につけていたから。大昔から持ちつ持たれつの関係を続けていた。だからこそ、自分はハナムラという組織を率いること、草薙は警察官僚の道を義務付けられていたのだよ」
想像をはるかに超えた現実に、大悟は驚くばかりだった。
「結果、英介だけが犠牲になった。彼らが危険な目に遭っていた頃、私は監禁状態にあり、何も出来なかった。自分には何もないことを嫌という程、思い知らされたよ」
「だから、力を得たんですね」
立場も状況も違えど、大悟も同じ体験をしている。両親の死を前にしても、何も出来なかったから。
「そうだ。私が警察官にならなければ、英介は死ななかった。あの日、私は初めて人を殺し、ハナムラの人間になったのだよ」
花村の壮絶な過去。彼が裏社会で生きる理由もこれでわかった。
「今の話だと、藤井英介さんが亡くなったのは、草薙さんのせいじゃない気がするんですけど」
その通りだと言って、花村はこう続けた。
「草薙を助けてくれた父いわく、彼のせいではないと言っていた。だが草薙、いや、哲平は、英介を殺したのは自分だと言うばかりで、今も真相を話そうとしない。余程の事があったのだと思う」
花村が初めて草薙を名前で呼んだ。今も変わらず友人であることを示すように。
草薙と英介の間に何があったのか、花村なら知っていると思ったが、彼も知らなかった。脅迫状にあったFの無念の意味は、わからないままである。
ふと、隣に座るKがやけに静かだと思い、大悟は視線を向ける。彼は腕を組み、目を閉じていた。
「ちょっとK、こんなところで寝ないでよ!?」
「いや、さすがに寝ないって」
そう言って、Kは目を開ける。彼はとても淋しそうな顔をしていた。
「ボスも、昔はちゃんとしてたんだなって思ってただけ」
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