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第64話
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「お久しぶりです、和臣さん」
そう言って、花村は深く頭を下げる。ハナムラグループの総帥としても、裏社会のボスとしても、絶対的な地位と権力を持つ花村が畏まる姿に、大悟は目を丸くした。
「これがカナリアか」
花村を見た後、和臣の視線が大悟に向かう。
「シラサカが気に入るだけのことはあるな」
年齢は六十代後半ぐらい、白髪と顔の皺が年齢を感じさせる。目つきが鋭く、全身から禍々しい気を発しており、大悟はすぐKの背後に隠れた。
「これぐらいで怯えるとは、まだまだだな」
「彼はまだ子供ですから」
自分を庇うように花村が言った。二人は応接ソファーに腰掛けることなく、一定の距離を保っている。
ハナムラの人間なのに、サユリさんはどうしてあの人の側にいるんだろう。
花村がKを背後に従えているように、和臣もまたサユリをその位置に留まらせている。
じっと見つめていたせいかサユリと目が合った。彼女はクスリと笑うと、大悟にわかるように口を動かした。
始まるわよって、何が?
「事前のアポイントはございませんでしたが、本日はどういったご用件でしょうか?」
「良い知らせだ。警視庁のトップで、警視総監の草薙哲平が死んだ」
戸惑いと衝撃が大悟の全身を駆け抜ける。同時にこんな言葉が口が溢れ出た。
「嘘だ!」
同じ部屋とはいえ、長い時間一緒だったわけではない。それでもKがいないとき、草薙は大悟に優しく話しかけてくれた。タイプは全く違うけれど、その温かさは亡き父を思い起こさせた。
「草薙さんは、死んでなんかいない!」
人には寿命がある。いつか死ぬとわかっている。だがそれは今じゃない。そんな気がしてならなかった。
「この者が言ったように、草薙は簡単に死ぬ男ではありませんよ」
大悟に同意するように花村が言った。それを待っていたかのように、和臣がニヤリと笑う。
「なら、死体を持って来させよう」
「でしたらここではなく、ハナムラコーポレーションにお願いします。私のオフィスを、血で汚したくありませんから」
二人が対峙する様は、死神と怪物がにらみ合っているかのようだった。和臣がふっと息を吐き出し、均衡を破れる。
「冬月そっくりだな。相次郎ではなく、おまえが浅田を継ぐべきだったのかもしれない」
花村を嫌悪するかのように、和臣は顔を歪ませた。
「私の手は血で汚れています。父の選択は間違っていませんよ」
和臣がサユリを見た。彼女がこくりと頷いたとき、右手に小さな注射器が握られていた。
「そんなおまえが、昔から嫌いだったよ」
Kは花村を庇うべく前に立とうとしたが、あろうことか、花村本人がそれを制した。
「そこにいろ、シラサカ。何もしなくていい」
「ですが!?」
「そうね、あなたの出番はまだ早い」
サユリは不敵に笑いながら、花村の腕に針を突き刺し、中の液体を注射した。まもなく花村の体はぐらりと揺れた。
「ボス!?」
Kがすぐ体を支えたが、花村の全身は小刻みに震え、荒い呼吸を繰り返している。
「私が作った神経毒よ。もう一本打てば、確実に死に至る」
「彼女は私が送り込んだスパイだ。この日のために、何十年もかけて仕込んでおいた」
サユリが掃除屋のリーダーとして花村の側にいたのは、彼を見張るためだったのだ。Kは後ろポケットの拳銃に手にしようとしたが……
「昔から、やることが、変わってない、ですね」
花村は苦しげな言葉を放ちながら、またもやKを制する。この状況でも動くなと言いたいらしい。
「心配するな、まだ殺さない。おまえの要望通り、奴の死体を見せてやるまでは」
そう言った後、和臣は自信たっぷりにこんな言葉を放った。
「そこにいるのだろう、出て来い、草薙哲平」
大悟が知る限り、この部屋にいるのは、花村、和臣、サユリ、K、自分の五人である。
「おまえをバラし損ねたことは知っている。それとも、謙三の死体を先に見たいか?」
本当に草薙がいるのかと大悟が振り返れば、憎悪を滲ませ、拳銃を構えた彼の姿があった。
「変わらないな。青臭い子供がそのまま大人になったようだ」
「だとしても、私はあの頃のように無力ではない」
草薙はゆっくりと近づいてきた。花村とK、大悟の側を無言で通りすぎ、和臣の真正面に立った。
「君は警視庁のトップ、警視総監の地位にあるはずだが?」
草薙に銃口を向けられても、和臣は動じなかった。
「日本警察のトップが、非力な国民に向かって銃器を向ける。こんなことが許されていいのかな」
「許されるわけなどない。だがおまえは、おまえだけは、俺の手で殺すと決めていた」
草薙は更に距離を詰め、和臣の胸に銃口を突きつけた。
「やめてください!」
たまらず大悟は叫んだ。
「あなたがそんなことをしたら!?」
草薙が和臣を殺めれば、それこそ大問題になる。
「全て承知の上だよ。私はこの日のためだけに生きてきた。友人を手にかけた責任を取るために」
「おまえの友人だというあの男は、警察官らしい死に方をしたな」
和臣は自信たっぷりに言い放った。
「おまえを生かすために、自ら命を絶ったんだから」
英介を殺めたのはハナムラの人間だと思われていたが、草薙だけは自分がやったと言い続けていた。これが事実なら全て納得がいく。
「あのとき、私は側で泣き喚くことしか出来なかった。自分で死ぬことも出来ない、青臭い無能な子供だった。だが今は違う。おまえを殺す力がある!」
「泣かせる話じゃないか、私への復讐のために、ここまでのし上がってきたとは」
草薙に強い憎悪をぶつけられても、和臣の余裕は変わらなかった。
「だが、ここまでだ」
和臣がパチンと指を鳴らすと、黒いスーツを着た男達が現れ、あっという間に囲まれてしまう。
「サユリだけじゃない。私の息がかかった人間は、ハナムラにもいるのだよ」
草薙の側に二人の男がぴたりと張りつき、銃口が体にあてがわれている。
「草薙さん!?」
思わず駆け寄ろうとした大悟にも、近くにいた男が拳銃を側頭部に押しつけてきた。
「うるさい蠅だ。始末しろ」
和臣が非情な宣告を下したと同時に、パンという渇いた銃声がした。
どういうわけか、痛みを感じない。
やがて、大悟に銃口を突きつけていた男が崩れ落ちる。同時にこんな声が飛び込んできた。
「俺のハニーに、何してくれてんだよ」
Kは左手で花村を支えながら、右手に拳銃を握っていた。
「シラサカ、これは浅田の問題だ。おまえが口を出すことではない。即刻立ち去れ!」
和臣は厳しい言葉を放ったが、Kは自身の拳銃をくるくると回した後、ニヤリと笑う。
「そんなもん関係ねえ。ハニーに手を出す人間は、誰であろうと容赦しねえ」
柵を通り越し、大悟のためだけに抗ってくれるKが愛おしく感じた。
「ふざけるな! 始末屋のリーダーといえども、浅田への侮辱は許されざることだぞ!?」
そのとき、エレベーターの扉が開いた。
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