アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第68話
-
花村和臣の死から三日が過ぎたが、大悟はKと顔を会わせることが出来ずにいた。
「おう、来たな、ハチミツ少年」
金曜の夜、大悟は会社での仕事を終えた後、マキに連れられ、松田の診療所にやってきた。週末にひとりでホテル暮らしは退屈だろうというレイの気遣いだった。
「先生、こんばんは。お世話になります」
「殺し屋の兄ちゃんは、まだ戻ってこないのか?」
「はい。すごく大変みたいです」
時折、Kから泣き言めいたメッセージが入ってくるが、返信しても新しいメッセージが入ってくるまで既読はつかず、自宅代わりのホテルに戻ってくることもなかった。
「仕方ないよ。和臣の死亡案件と並行して、新人の掃除屋とイかれた殺人鬼の処分まで一気にやったからね。さすがに手が足りなくて、ヤスオカさんにも手伝ってもらったよ。通夜の席では和臣派の人間に、ボスが嫌味言われまくったみたいでさ、ジジババ共はさっさとくたばれって、サカさん、怒り狂ってた」
大変なんて言葉で片づけられない事態になっている。バイト扱いの大悟に手伝えることなどないのだが、学校へ行って、藤堂の見張りしかしてなかった自分が恥ずかしくなってしまった。
「俺が余計な事をしたからだよね……」
衝動に駆られて和臣を撃ってしまい、皆に迷惑をかけた。今更ながら、大悟は後悔していた。
「違うよ」
すぐさまマキは否定した。
「あのとき撃ってくれたから、僕達は前に進めた。カナカナは、ハナムラという組織に風穴を開けてくれたんだよ」
花村を始め、誰も大悟を責める者はいなかった。事の顛末を知った表の社員達には感謝されたりもした。和臣は長年、組織の目の上の瘤だったらしい。
「そんじゃ僕、帰るね」
「ありがとう、マキ。気をつけて帰ってね」
マキは大悟を送るのが仕事だったらしく、すぐに帰って行った。
「晩飯まだだよな。カレーがあるから、テツの息子と一緒に食え」
テツの息子=藤堂のことである。彼を見張る仕事はまだ続いていたが、彼も休みを取らされたそうで、診療所に来ていた。
「今日明日はここにいるから、見張らなくていいよ」
診療所のダイニングルームで、大悟は藤堂と向かい合ってカレーを食べる。K以外との食事は久しぶりだった。
「あ、うん。色々ごめんなさい」
見張ると言っても、通信機のポイントが動く度に位置情報を確認し、藤堂の動きを把握するだけで、盗聴しているわけではなかった。それでも他人の行動範囲を知ることになるので、あまりいい気持ちではない。
「なんで君が謝るの? あのレイって奴に言われたことをやってるだけだろ」
「そうだけど、見張られるの嫌でしょ?」
「見張られる気持ちがわかったから、今後の仕事に活かせそうだよ。このまま続けられればの話だけどね」
あのとき、藤堂はレイに呼ばれ、何かあった際は草薙を止めろと言われていたそうだ。警察の人間としてではなく、草薙の息子という立場で、ハナムラという組織に関することや起きたこと全てに目をつぶることもあわせて約束させられたという。
「草薙さん、大丈夫かな。先生とナオが交代で見張ってるって話だったけど」
これまたレイの指示で、松田と直人は交代で草薙の病室にいるらしい。
「花村和臣の復讐のためだけに生きてきたんだ、そいつが死んだ以上、抜け殻になるのも仕方ないよ」
松田の診療所に行くことを頑として拒んでいた草薙が素直に応じている。仕事も完全に休んでいるという話だった。
「草薙さんを支えてあげられるのは、藤堂さんしかいないと思うよ」
「俺に出来ることはあいつを止めることだけ。それ以上はあいつ自身の問題だよ」
草薙のことを「あいつ」という藤堂。父親と呼ばないのは、様々な葛藤があってのことだろうか。
「だとしても、側にいてあげてよね」
「そのつもりで来たよ。あいつに母さんのことを打ち明けたとき、DNA鑑定までさせられた。正式に親子だってわかったら、秘密にしてくれって頭下げられて、すげえムカついた。母さんのことを欠片も愛していなかったのかって。けど、そうじゃなかった。苦しみの半分を背負う、口癖のように言ってた母さんの言葉で留まってくれたからさ」
誰の言葉にも耳を貸さなかった草薙が、藤堂の言葉に心を動かされた。目には見えなくとも、ふたりには強い絆があると大悟は思った。
夕食を終えて、藤堂は草薙の病室に入った。大悟は明日顔を出すことにして、後片付けをした後、風呂に入り、与えられた部屋のベッドで寝転んでいるうちに眠ってしまった。
「……はぁ、やっと顔が見られた」
どれぐらい時間が経ったのか、大きな手が大悟の髪を優しく撫でている気がした。
「今夜はこのまま泊まったらどうだ?」
松田の声がした。
「そうしたいのは山々なんですけど、すぐに出ないといけなくて」
Kに会いたいと思う気持ちが膨らみすぎて、夢になって出て来たのだろうか。リアルに彼の声が聞こえてくるなんて。
「ごめんね、ハニー、もう少し待っててね」
違う、夢じゃない。大悟を呼ぶとき、Kは甘えたような低音の声を発する。
やだ、いかないで。
大悟は和臣を撃った。そのために花村は勿論、Kやレイやサユリに迷惑をかけた。だから自分は黙って見守るしか出来ない。そう思っていた。
側にいて、ひとりにしないでよ。
日本へ戻ってきてからは、Kと片時も離れたことがなかった。Kがいるからこそ、大悟は生きているのだと改めて思い知らされた。
「……ハニー、起きてるの?」
目を開けたら、言葉を発したら、Kをこの場に留まらせてしまう。迷惑をかけているのだからと大悟は我慢した。けれど、後から後から涙が溢れて止まらない。
やがて、Kは電話で誰かと話し始めた。
「悪いが時間をくれ。無理は承知の上だし、あと少しだってわかってる。……そうだ。何も言われてない。だが、このまま放っておけない。……わかった。朝一で現地に直行するわ。ありがとな、レイ」
電話が切れると同時に、大悟は強く抱き起こされた。
「今夜は側にいるから」
耳元で囁かれ、大悟は目を開けた。滲む視界に映り込んだのは、黒いスーツを着て、黒目のコンタクトを入れた、いつもとは違うKだった。
「だからもう泣かないで、ハニー」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
72 / 80