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1 打ち明ける話
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打ち明ける話
その日は、新たな年を迎えて半月過ぎた頃だったと思う。
気付けば十年。十年も通い続けた道を今日も歩いて訪れる。なんとも言えない適当な紹介から始まった関係。縁とは不思議なもので、今でも途切れることなく続いていた。
大きな屋敷の前で立ち止まり、備え付けのインターフォンを鳴らして来訪を知らせる。聞いて驚くことなかれ。このインターフォンは門を開けるためのものであり、ここからさらに建物まで歩き、今度は玄関を開けるためのそれを押すことになるのだ。二段構えの呼び鈴って大豪邸すぎない?
慣れたものでいつものように挨拶をして門を解放してもらう。そこから玄関まで歩くとすでに人が立っていた。
「よぉ。相変わらずマメなヤツだな」
「そういう約束だからね」
この家に住む男は、僕の友人である。そして、ここを訪れる理由になっている人物の兄でもあった。口も悪い態度も悪い、だけど顔と頭はとてもいいという世の男を敵に回すようなスペックの持ち主だ。
「彼は?」
ここを訪れる理由。それは彼の弟に会うためである。十年前、医者をめざし勉強していた僕に彼が持ちかけてきた相談は、とても頭の痛くなる話だった。
『年の離れた弟が極度の人見知りで重度の過眠症を患っている、なんとかしてくれ』
何度も言うが、僕は医者をめざしているのであって医者ではない。さらに、精神科医はアウトオブ眼中、専門外もいいところだ。それは本物の医者に依頼してくれ。彼の家ならいくらでもスペシャリストを雇えるだろう。
「それで解決できねぇから、声かけてんだよ。察しろよな」
なんと横暴な。医者でもお手上げの子供をなぜ僕に託そうとするんだ。人選がおかしい。
「頼めそうなやつがお前しかいなかったんだよ。医者になる上でいい経験になるかもしれねーだろ?」
「無茶苦茶な……」
あれやこれやと言い合って、結局言い負かされた僕はその弟と会うことになった。人助けの域だ、そう思うことにする。
そして、僕たちは出会ったのだ。
長いようであっという間の十年はいろんなことがあった。最初の一年はとにかく警戒された。まともに話せるようになったのは、二年目くらいだろうか。一回り年の離れた子供と接する機会は今までにない。加えて、訳有りである。どう接することが正解なのか、模索する日々だったのは今でもはっきり覚えている。
それから一年、また一年と月日は流れ、彼にとって友達くらいの関係にはなれたんじゃないかなと思う。
「さぁな。帰ってきてねぇよ」
彼の所在を兄である友人に問いかければ、驚きの一言が返ってきた。
現在時刻、二十一時。夜も深くなってきた時間だ。彼くらいの年齢だと、友達と遊んでいることも考えられる。驚くことではないのかもしれない。けれど、彼は違った。遊びに行く関係の友達は聞いたことがない。そもそもいないだろう。一人心当たりがあるが、夜遅くまで遊ぶような人ではないはずだ。
考えられる可能性はひとつ。
「……そう。わかった」
「探しに行くつもりか?」
彼に背を向け、踵を返そうとしたところにかけられた声。それはどこか冷めているように感じて、僕は再び彼へ視線を戻す。
「これでも一応、彼の主治医だからね。ほっとけるわけがないだろう?」
「これは、あれが自分で選んでやってることだ。お前だって見てきただろ」
彼の視線が鋭くなる。
「あいつはもうなにも知らないガキじゃねぇ。ほっとけよ。あれが蒔いた種をお前が回収するな」
彼の言葉に、深いため息が漏れた。この家の人たちは殺伐としすぎている。突き放してなんになるというんだ。
「これは僕が勝手にすることなんだ。君には関係ない」
「雇い主がするなといってんだよ」
彼と僕の間に見えない火花がぶつかり合う。雇い主に止められればそれまでだろう。だけどこれは、そういうことではない。
「医者としてではなく、一人の男として探しに行くんだ。それなら問題ないだろう?」
「は?」
彼の意表を突かれた顔に、にっこりと微笑み返す。これは、一人の男として起こす行動なんだ。周りになんて言われようと知らないよ。
彼がなにか言おうとしているがそれを無視して、今度こそ門の外へ出るために歩き出す。
学校からここへ帰るまでの道のり。彼はいったいどこにいるのだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆
ただ高卒の肩書きをもらうためだけに出席している学校。授業内容はろくに聞いてない。なんなら寝ている。テストで点さえ取れたらどうにでもなるんだ。簡単なシステムだと思う。
すべての授業を終えた放課後。夕暮れの時間だけど、さすが一月。辺りはすでに暗くなっている。日が落ちるのもあっという間だ。
人がたくさん行き交う大通りは好きじゃない。忙しない気持ちにさせるから。一人では立ち止まることを許されない気がして、そこにいることを苦しく感じてしまう。そんなこと誰も気にしてないのはわかってる。他人なんて興味はない。それでも、どうしても好きになれなかった。
だから、路地裏を探索しながら帰ることが日課になっていた。人通りのない道を好んで選び、帰路に着く。行き止まりだってある。そのときは戻って別の道を歩くんだ。必ずどこかに繋がってるから、迷うことはあっても帰れないことはない。
そもそも。
「帰りたいとは思わないけど」
行く場所がないから仕方なく帰るだけ。それにどんなに遅くなっても、なにもいわれなくなった。会えば挨拶くらいはするけど、それだけの場所。
寝るならどこでもできる。なんのためにあの家へ帰ってるんだろう。
「さむすぎ」
一月なんて、真冬だ。寒いに決まってる。今日はマフラーも忘れた。なけなしのチョーカーで少し保護されてるけど、首元が寒いのはいただけない。
とぼとぼ歩いていると見つけたのは行き止まりの場所。階段を下った先にあるそこは、壊れかけのバスケットゴールや壁一面にペンキで描かれた落書きがある。ヤンチャな人たちが集まりそうな雰囲気。
「あれ?」
それでも周りは壁に囲まれ、どこかの道下になるのかコンクリートの天井もある。この空間は冷たい風を凌ぎ、休むには良さそうだ。
でも今日は、あいつが来る日だった気がする。
「……まぁ、いっか」
こうやってどこかで時間を過ごしても、あいつには必ず会えるんだ。別に会う時間を約束してるわけでもないし、なんなら来る日を約束したこともない。単純にこの日来そうだなって感覚だけで繋がってる不思議なヤツ。
これが長年の経験からくる自信ってやつかな。
約束したわけじゃない。帰らなくても怒られないし、心配されることもない。それなら、やることはひとつだ。
正直、疲れてたんだよね。よくわかんないけど。
バスケットゴールの反対側に、丸い筒上のコンクリートが横になって重なっている。その中で寝るのは、さすがに怖いからその裏側に足を進める。
コンクリートを背凭れに中身の入ってない鞄を枕にして、いざ目を閉じる。夢の世界へ旅立つまで、そう時間はかからなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
(どこにいるんだ?)
彼の自宅から学校まで、本来歩いて二十分くらいの距離だ。でもこれは本通りを歩いた場合で、実際にかかる時間はその倍以上あるだろう。人混みを避ける彼は、路地裏や細道を好んで進む。だから、探すならとにかくそれた道、それた場所だ。
「ここは前に来た、ここもあるな」
さらに変わった習性の持ち主で、良さそうな場所を見つけてはそこで寝る。どれだけ治安が悪かろうと、寝れると判断すればその身一つで寝てしまうのだ。そして、一度寝床にしたら半年は使わない。なにがそうさせているのかはわからないけど、同じ場所で連続して寝ることはしないし、半年前の寝床は忘れるらしく再び彼の寝床になっているのである。
ここ半年で知る限りの場所を潰しながら進んでいく。覚えてる場所は本能的に避けて通ることも確認している。だから、覚えている場所と逆の道に進めば自ずと会えるのだ。
しらみつぶしに進んでいった先にあったのは一つの階段。それも下へ続いている。
「……好きそうな場所だなぁ」
一段一段足を進めて、段差に終わりが見える。視界の端に映るのは年期の入ったバスケットゴール。どうやら、隠れたストリートコートのようだ。
反対側へ視線を移すと、そこにはずっと探していた姿がある。
ーー見つけた。
まだ口は開かない。ゆっくりと近付いていく。
「なにを、やってるのかな?」
彼との距離は歩幅一歩分。後ろ姿の彼に声をかければ、肩が揺れて恐る恐るといった動きで振り返った。
「……なんで?」
地下でコンクリートに囲われた場所、といえども真冬である。地上に比べたら暖かいがそれでも寒い。そんな場所で、はだけて乱れた格好の彼にため息が出そうになるのをグッと堪える。その足元には三人の男が伸びている。体格のいい奴らばかりだが、意識のある者はいない。きっとここを溜まり場していて、偶然寝ていた彼を見つけたから面白半分でうっかり手を出したのだろう。
両手を赤く染め。仁王立ちしていた彼は、僕を瞳に写すと微かに視界が揺れた気がした。明らかに動揺している。
「とりあえず」
彼の身なりを整えて、着ていたコートを脱いで彼に被せる。その身体が震えていたのは寒さのせいか、それとも……。
「今さぁ、何時だと思ってるの?」
「え、っと……」
困惑したままの彼は、目を泳がせて口をモゴモゴさせている。彼なりの正解の言葉を探しているのだろう。
「僕はとても心配したんだけど」
「な、に」
彼の目が見開かれる。ここに来る前に会った兄の感じだと、今となってはあの家で心配されることもほとんどないのだろう。
それでも、僕は心配した。きっと、この子のことだ。大丈夫なことはわかっているけれど、それとこれとは別問題。もしもがないわけじゃない。
「訑灸君が喧嘩に強いことも、大抵のことはどうにかできることも僕は知ってる」
「なら、ほっとけばいいじゃん」
目を細めて、不満そうに口を開く。愛されることを知らない彼は、すぐにすべて突き放そうと虚勢を張る。だから、彼を繋ぎ止めるものがほしかった。
「僕は君が好きだ」
「ぅえ」
再び驚き、変な声をあげる彼を無視して言葉を続ける。
「君の医者だから心配するんじゃない。一人の男として、君がどこかで苦しんでることが耐えられない、ただ君を幸せにしたいから。無茶なことをすれば怒るし、心配だってする。何度だって言うよ、僕は訑灸君が好きだ。ーー愛してるよ」
「ま、まって……」
最後に彼の耳元で囁くと、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。これは今まで彼が向けられることのなかった感情で、それでも一番ほしかったモノだろう。僕は悪い大人だ。彼を手に入れるためなら、どんな卑怯な方法だって使う。
十年間。この期間は僕が彼を守りたいと思うには十分な時間だったんだ。
「だって、しゅうは俺のセンセーで」
「関係ないっていってるよね。訑灸君とずっと一緒にいたいんだ」
僕の胸元の服を両手で掴んで、逃げるような言葉を探している。泣かせたいわけじゃないのに、今にも泣きそうな顔だ。
「俺、今日みたいにふらふらしちゃうよ」
「そんなこと? 僕、君を見つける自信しかないんだけど」
今日だって、ちゃんと見つけたでしょ?
そう言葉を続ければ、息を飲む音が聞こえる。それから、こぼれ落ちる大粒の滴たち。そのまま両手で肩を掴み彼を抱き寄せて、腕を後ろに回す。
「これからはさ、僕と一緒に幸せになってほしいなぁ。訑灸君がどこかで寝ちゃったら、見つけに行くし。まぁ、僕の隣で寝てほしいけど」
「……で」
「なに?」
腕の中から聞こえた小さな声。泣かせてしまったから、いつもより鼻声になっている。
「訑灸って呼んで。君付けはやだ」
「それって、どうゆう」
彼を君付けで呼ぶのは幼少期に出会った頃の名残からだ。それを今さらやめろと言うのはどういう意味なのか、訊ね返していたときだった。
彼が顔を上げて、そのまま背伸びをする。ゼロ距離になった一瞬、暖かな感触が唇に触れる。
「答え。君は子供っぽいから、今から訑灸ね!」
本当に、この子は……!
泣き腫らした顔で瞳は潤んでるし頬も鼻も赤くなってるけど、とても嬉しそうに笑う。はじめて見たんじゃないかと思うくらい満面の笑みで、屈託のない笑みはこういう表情をいうんだろうな。
そんな彼があまりにもかわいくて、僕はイタズラしたくなったんだ。
「ねぇ、訑灸。さっきのも子供っぽいと思わない?」
「えっ」
彼の耳元で囁いて、そのまま顔を両手で挟む。子供っぽいというのなら、こっちも修正すべきだよね。
キョトンとしている彼へ軽く微笑むと、先ほど触れたそれに再度重ねる。逃げられないように両手で掴まえて、触れるだけの長くて優しい口付け。彼の息が持たず、胸を叩いてきたところでゆっくりと離れる。さすがにこの場で、これ以上するつもりはない。
肩で息をする姿に小さく微笑む。やっぱり子供なんだよ。
「ばっ、おまっ、しゅうのアホっ」
顔を真っ赤にして、文句を言っている。もうなにやってもかわいいのに気付いてない。
「帰ろうか」
このままここにいても寒くなる一方だし、どうせなら暖かい部屋でいちゃつきたい。なによりだいぶ夜も更けてきた。
“帰る”という言葉に反応した彼の動きが止まり、顔を青くする。言い方が悪かった。
「訑灸が今から帰るのは僕の家。来てくれるかな?」
「……いいの」
不安そうに僕を見ている。来てほしいから誘ってるのに、人の好意を素直に受け入れられないのは当分直らないだろう。
「来てほしいんだけど?」
「行く」
嬉しそうに笑ってその辺に放置していた鞄を取りに行く。寒がりなのに軽装備な彼へそのままコートを着せて僕たちは階段を上る。
それは、十年間見守り続けた大切な患者が恋人になった日だった。
おまけ
「ところで、高校卒業したらどうするつもりなの?」
「んー?」
僕の家に帰り交代で風呂も済ませたあと、恋人になった彼の髪を乾かしながら聞きたかったことを訊ねる。寝たがりの彼はされるがまま、うつらうつらと船を漕いでいた。
「ちゃんと聞いてる?」
「わぶっ」
彼の顔にターボでドライヤーを当てる。やけどしたら困るのでちゃんと冷風にした。寝かけた顔に突然の冷風、それも勢いのある風をマトモに食らった彼が不満げに振り返る。
「せっかく気持ちよく寝ようと思ってたのに」
「人の話を聞かないからでしょ」
ドライヤーをしてもらってるときの異様に眠くなる感覚、わからなくもないけど、人の話は聞いてほしい。これから寝るんだから、少しくらい話してもいいんじゃない?
「なに」
不服そうに聞いてきた彼に苦笑する。僕が怒られる側になるのは理不尽すぎるけど、彼相手だから気にならない。
「卒業後の進路どうするの」
「あー」
彼は高校三年生だ。あと一ヶ月ちょいでめでたく卒業である。中身はどうあれ、彼のことを思うと高校まで卒業できたことに感動すら覚えるのは僕だけじゃないはずだろう。
「家は出ようと思ってる。あとはそれから?」
「それは、無計画すぎるよね」
彼の漠然とした進路計画に頭を抱える。これはこれで誘いやすいけど、せめて衣食住は確保してから出てほしい。
「あの家から出れたらそれでいい」
彼があの家を極端に避けていることは気付いていた。僕も苦手である。独特なんだよな、あそこは。
「それなら、僕の家においでよ」
「いいの!」
期待に満ちた眼差しが向けられる。告白するしないのどちらをとっても元々誘うつもりだったんだ。
「近くにいてくれると、僕は安心するからね」
「俺、家から出ないよ?」
それでもいい? なんて、上目使いで聞いてくるが、僕としては家にいてくれた方がとても助かる。そのどこでも寝る癖が落ち着くまでは、どちらかというと家にいてほしい。
「用事がなければ、ね」
「やった! 今からでもいいんだけどなー」
と、彼が呟いているが、そうなると多方面に話を通さなければならなくなる。今日泊めている件は兄へ一応連絡しているが、その上に厄介なラスボスがいるのだ。
「卒業、楽しみだなー」
「そういってもらえて嬉しいよ」
乾かし終えた髪を優しく手ですけば、気持ち良さそうに目を細める。
それから彼の卒業後、無事同居できることになったのはまた別の話である。
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