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囚われの人形は、自分だけの優しい神様に出会った
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家のガレージに閉じ込められてから三時間が過ぎた。
……今日はここか。
昨日はお湯が入ってない浴槽の中に二時間閉じ込められて、一昨日は押し入れの中に三時間閉じ込められた。つっかえ棒で引き戸のドアが開かないようにされて。
昨日のことは今でも鮮明に思い出せる。
学校が終わって家に帰った途端、父さんに手を引かれて風呂場に連れて行かれて、無理矢理お湯の入ってない浴槽の中に入れられて、蓋を閉められた。慌てて蓋を開けようとしたら、まるで椅子にでも座るみたいに蓋の上に座られてそのまま二時間閉じ込められた。
俺は井島海里(いじまかいり)。高校一年生だ。
俺は父親から虐待されている。
五年前、父さんは交通事故を起こして、百万以上の損害賠償金を払うために闇金融から多額の金を借りた。
父さんが俺に虐待を始めたのは、その事故があってから一か月もしない頃だった。
目的はただのストレスの発散。
父さんは会うたびに金を返せと怒鳴ってくる闇金の男たちのせいでたまる鬱憤を、俺を殴って晴らそうとした。
――要は俺は八つ当たりをされたんだ。
でもそれは、別に凄いきついものじゃなかった。物を投げられたり蹴られたりするだけで、結構耐えられるのものだった。
一年半ほど前まで。
今から一年半ほど前の去年の四月頃、父さんは俺を殺して、保険会社から『死亡保険金』をもらえば、借金を返済できるのではないかと考えた。
たぶん、契約をしていた保険会社の人に『家族で死亡保険に入らないか』って言われて、説明を聞いている時にそう考えついたんだと思う。
でもその保険金をもらうには、ある決まりがあった。それは、俺が自殺したり、親に殺されたりした場合には保険金をもらうことができなくて、俺が他殺か事故か、あるいは病気とかで死なないと保険金をもらうことができないというものだった。
保険金がどうしても欲しかった父さんは、そこでえげつないくらいの虐待を何度もして、俺を一切抵抗できなくなるまで弱らせてから、死因を事故に偽装して殺そうと考えた。抵抗する力が残
っていたら、死ぬ前に逃げてしまう可能性があるから。
それからだ。虐待のやり方が目に見えて悪化して、飯を平気で三食とも抜かれたり、家の物置やガレージに何時間も閉じ込められたりするようになったのは。
俺は足元に置いていた鞄の中からハンカチを取り出すと、それで顔を拭いた。
今は十月の初旬だけれど、今日は夏みたいに暑くて、最高気温は二十七度だ。
俺の家のガレージはエアコンも窓もないから、今日みたいな日はドアを開けて喚起をしないと、すぐにうだるような暑さになる。
それなのに、俺は閉じ込められた。
本当に最悪だ。こんなの熱中症になれと言われているようなもんだ。
ズボンのポケットに入れていたスマフォの電源を付けて、ホーム画面に映っている俺と母さんのツーショット写真を見る。
俺が小学五年生くらいの時に撮った写真だ。
俺が虐待をされる前の写真。
母さんも俺も目を細くして、とても楽しそうに笑っている。
母さん、助けに来てくれないかなぁ。
「……来るわけないか」
小さな声で言って、自虐するみたいに笑う。
母さんは、俺が虐待を受けている時は必ず仕事に行っている。
俺の虐待を見て見ぬふりして、朝の八時から夜の八時までスーパーで働いて、夜中の二十四時からは水商売の仕事をして働いている。
一年半前から俺を苦しめるのに熱中していて、金を稼ぎもしないニートの父さんの代わりに働いている。
そうしないと、生活が苦しくなってしまうから。
ニートの父さんと学生の俺を養うのは、虐待を見て見ぬふりをしてでも働きに行かないと無理だから。そんなにたくさん働くくらいなら父さんと離婚をして俺と二人で暮らすのを選んでくれればいいのに、母さんは絶対にそうしてくれない。
母さんの選択肢の中に、父さんと離婚して俺と暮らすというのはない。
それがない理由は、恐らく、母さんが『離婚を切り出したら、俺みたいに手酷い暴力を受けることになるんじゃないか』と考えているからだ。
多分その考えは、あながち間違ってない。
俺が苦しめられているのは、学生の俺は母さんより家にいることが多いから苦しめやすいと思われたからで、別に父さんが母さんより俺を苦しめたかったわけではないハズだから。死亡保険金
は俺が死んでも母さんが死んでも入るから、そのハズなんだ。
離婚をしようとすると、その苦しめやすさの順位が変わるんだ。俺をどちらが育てるのかとか、今の家はどちらのものにするのかとか、そういうのを話し合うために必然的に母さんは俺より父さんといることが多くなって、父さんにとって俺より苦しめやすい人間になってしまうんだ。
そうなるのを恐れているから、母さんは離婚を切り出そうとしない。
母さんは、俺を切り捨てる。俺が傷つくのを見て見ぬ振りする。
――俺を、見殺しにする。
ガレージに閉じ込められてから三時間と五分が過ぎた。
喉が渇いた。
口の中で唾液を出しては飲み込んで、出しては飲み込む。そんなことをしてもなんの足しにはならないというのに。
鞄の中に水筒がないと、こういう時本当に不便だ。
父さんはいつも俺が学校に飲み物を持ってくのを許可してくれない。それは体育がある日や体育祭の日なんかも例外ではなくて、俺は本当に毎日飲み物を学校に持ってきていない。というより、毎朝学校に行く前に父さんに鞄の中を漁られて、飲み物があったら、それを没収されるんだ。
そんな父さんに、『鞄を漁るなんて、父さんはまるで生徒指導の先生だね』って皮肉を前に言ったことがあるのだが、そうしたら返ってきた返事は『だからどうした?』だった。
本当にもうプライバシーの侵害どころの話ではない。
「はぁっ、はぁ……」
熱さで気がめいる。頭がクラクラして、気絶しそうになる。
「はぁ……。あっつ。……お腹、すいた」
小遣いを父さんから一円ももらえなくて、昼食を食べれなかったからだ。
小遣いは母さんからももらえなかった。母さんは俺が朝起きる前に仕事に行くから。
昨日も一昨日もそうだった。いや、一昨日昨日今日どころの話ではない。俺は一年半前から毎日当たり前のように昼飯を抜かれている。
うだるような暑さと、もの凄い空腹で頭が可笑しくなりそうだ。
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