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人形は楽しんだ。――自分だけの神様と暮らす日々を
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「海里くんは何に乗りたい?」
四人で遊園地に入ると、奈緒は俺を見て首を傾げた。
「えっと……」
遊園地は入り口のそばから見ただけでもジェットコースターやバイキング、コーヒーカップ、メリーゴーランド、空中ブランコなど、実に様々な乗り物があった。色々ありすぎて、何から乗ればいいのかぜんぜんわからない。
「海里、ジェットコースター乗ろうぜ?」
答えを決めかねている俺の背中を叩いて、零次はとんでもないことを言ってのけた。
「え、嫌だ。怖そう」
ジエットコースターって、拘束されるとこが昔された虐待に似てるし。
怯えてる俺を見て、零次は楽しそうに笑った。
「大丈夫大丈夫。四人で乗れば怖くない!」
いやなんだその犯罪もみんなでやれば怖くないみたいなノリ! 可笑しいだろ!!
「のらない!」
俺は顔を顰めて、叫んだ。
「なんでそんなに嫌なんだよ?」
「それは……」
「奈緒ちゃん、美和ちゃん、ちょっと海里の親が怒ってるから、俺らトイレで電話してくるわ! 何か食うか乗るかしてちょっと時間潰してて!」
俺が言いづらそうにしているのを察したのか、零次が気を利かせて二人に言う。
明らかな嘘だ。
まあでも、二人には俺の親が厳しいと言ってあるし、それなら確かに、体のいい言い訳なのかもしれない。
「え、それって大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫! 俺、海里の親と仲良いから!」
零次は咄嗟に、ものすごい嘘をついた。
まあ確かに母さんとは仲は悪くないのかもしれないが、父さんとは犬猿の仲といっても過言じゃないだろうに。
「そしたら先に乗り物のったり、食べ物食べたりしてようかな! フードコート集合ね!」
「オッケ!」
奈緒の声に元気よく返事をすると、零次は本当に俺を連れてトイレに行った。
手首が縛られるような痛みを感じて、俺は目を覚ました。
『ん』
『お、起きたか。おはよう、海里』
目と鼻の先にいる父さんと目が合う。
『父さんっ!?』
俺は勉強机の前にある椅子に座らされて、足首をタオルで縛られていた。
なんだこの状況! 意味がわからない。
身体が震えて、心臓がバクバクと音を立てる。
『そんなに怯えなくていい。別にとって食いやしないから』
タオルを持ってる父さんが下卑た笑みを溢す。
『な、何する気だよ』
『何、ちょっとお前で遊ぶだけだよ』
そう言うと、父さんはタオルを口に咥え、俺の右腕を勢いよく掴んだ。
『放せっ!!』
この時は虐待が悪化してからまだ一ヶ月もしない頃だったから、俺は父さんに抵抗をして、腕を一心不乱に振り回していた。
父さんが口に咥えてたタオルを、俺の右腕に落とす。
『冷たっ!?』
タオルは氷の中にでもあったのか、キンキンに冷えていた。
慌てて、自由な左腕でタオルをとろうとしたら、その前に左腕を勢いよく掴まれた。
『いっ!!!』
両手で持っていた腕を片手でひとまとめに持たれ、冷たいタオルで手首を縛られる。
『海里、お前の制服のネクタイ、どこにある』
ネクタイ?
俺は手足を拘束された上で、さらに目隠しでもされるのか?
『言うわけねえだろ、バカ』
肩を押され、まるで坂を下るかのように、椅子ごとものすごい勢いで床に倒れる。
背もたれに頭が激突して、椅子が倒れた振動で、身体中に鈍い痛みが走る。
『もう一回聞くぞ、お前のネクタイ、どこにある』
『……は、ハンガーに、かかってる。机のそばの』
『ああ、これか』
勉強机の横に置かれたハンガーラックの端にかかっているハンガーからネクタイを取って、父さんは言う。
――何も見えない。
ネクタイを頭の後ろで結ばれ、目隠しをされた。
『父さん、怖い』
視界が真っ暗で、自分がどこにいるかすらろくにわからなくなりそうだ。
心臓の鼓動がますます早くなり、身体のあらゆるところから冷や汗が噴き出す。
――ゴロゴロ!
『ヒッ!?』
やたらでかい物音が俺の聴覚を刺激する。
視覚が妨げられているから、音にやけに敏感になってしまった。
『海里、もしかして、雷が怖いのか?』
雷?
……そういえば今、梅雨だったんだっけ。
起きて早々に手足を拘束されたから、そんなことを考えてる余裕、全然なかった。
『うわっ!?』
雷鳴が続けざまに二回、街に轟いた。
俺は別に元々雷が怖かったわけじゃない。それでも、こんな状態で雷の音を聞いたら、いやでも身構えてしまう。
だってこれじゃあ、雷がどこに落ちてるかすらも、わからないじゃないか。
『雷が止んだら解放してやる。それまでは耐えてろ』
父さんが震えてる俺の肩を掴んで、耳元で囁く。
『は? 夜まで雷が落ちてたらどうすんの?』
『そしたら夜までこの状態だな。安心しろ、夜の十二時には解放して、風呂に入らせてやるから。飯もちゃんと食わせてやる。ま、味は保証しないけどな。トイレは……後でバケツ、持ってきてやるよ』
こいつは悪魔か妖怪かなんかなのかと思った。
『このくそ親父……ひっ!?』
鼻歌を歌いながら、父さんが椅子を左右に揺らす。
背もたれに頭が衝突して、椅子の脚に足が音を立てて当たる。
怖くて、両目から涙が溢れてくる。
『やっ、やめ』
『どうせ泣くくらいなら、逆らわないことだな。――お前は俺の人形なんだから』
鼻息を鳴らして、父さんは揺らすのをやめた。
俺は怖くて、父さんの言葉に反抗する気にもなれなかった。
この日から、父さんは雷が鳴るたびに俺の手足を拘束して、目隠しで視界をふさぐようになった。
俺が人形になるのを望んだのは、この時のことがきっかけだった。
そして、俺が零次が時々出す大声に怯えてたのも、この時のことが原因だ。
俺は誰かの大声を聞くたびに、雷のことを思い出してしまう。それは多分、俺が零次に頭を撫でられるのを拒否するのと同じようなもので、誰がするかは、ほんの些細な違いにしかならない。
「マジで海里の父親殺していい? まさか俺が大声出すたびにお前が怯えてたのがそんな理由だったなんて、本当にお前の父親死刑だわ」
虐待のことを聞いた零次が拳を握りしめて言う。
「ありがとう。でも殺したら犯罪だから」
「お前が幸せになるためなら、俺は犯罪者に喜んでなるよ!」
零次が俺の手を握って言う。
「トイレで何話してんだ!」
男子トイレの個室からヤジが飛んでくる。
いや本当、そうですよね……。
「す、すみません!」
そう言って、俺はすぐさま零次の腕を引いてトイレから出た。
涙が溢れてくる。
零次といると、俺は泣いてばっかりだ。しかもそれが全部嬉し泣きだっていうんだから、本当に信じられない。
……誰かに大切にされるのって、こんなにも幸せなんだな。
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