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【二歩】-27
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宮原は五分もしないで降りてきた。洋之の車を見つけて駆けてくる。手には小ぶりの鞄がひとつ握られていた。
「お待たせしてすみません、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそせっかくのお休みなのに付き合わせちゃって。でも本当に嬉しいです。ありがとうございます」
宮原を助手席に乗せて車は慎重に走り出す。真っ直ぐ前を見つめる宮原の横顔を洋之はさりげなく垣間見た。心なしか、洋之のみならず宮原も洋之が運転する車も、この場の全ての物が緊張しているような、そんな空気を感じる。
会話はいつも通り、仕事のことに始まり実家の話になって、終いには幼少期の話にまで遡った。宮原に質問されるまま答えていると冷静でいられるから不思議だ。途中智明の話に触れそうになって思わず口を噤んでしまったが、宮原は訝しむでもなく軽く受け流してくれた。
智明とはあれ以来連絡を取っていない。今となっては憎しみもあやふやなものになっていたが、かといって顔を合わせたところで何を話せばいいのかもわからなかった。
母が今回の一周忌には来て欲しいと声をかけたみたいだが、話からすると智明はその誘いをやんわりと断ったようだ。それが単に気まずさからだけでなく遠慮からくるものであることは誰しもがわかっていた。
智明はあの日以降、人知れず墓に来ては幸平に頭を下げ続けていた。洋之が直接その姿を目にすることはなかったが、いつ来ても次男坊の父が立てた新しい墓は、常にチリ一つなく新しい花が供えられ続けていた。
いつの日だったか偶然その姿を見つけた母は、堪らなくなって智明に声をかけたそうだ。
あまりの痛々しさに「あなたがそこまで責任を背負い込むことはないのよ。あれは不運な事故だったのだから」というと、智明はやつれた顔で首を横に振り、そのまま深々と頭を下げて立ち去ったらしい。
その話をきいた時、洋之の胸には重苦しい雨雲のような靄が立ち込めた。おそらく智明は、それこそ一生幸平のことを背負っていくのだろう。目に見えない闇に囚われたままの智明を想像すると、悪魔に心臓を捧げた罪人を見ているようで怖気立った。
法要には出席せずとも今日もまた智明は人知れず墓参りに来るのだろう。頭では一度会って話をした方がいいとわかってはいるものの、できれば会いたくないとその心の内はいっていた。
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