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蜜にたかる蝿
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その部屋は神殿と似た構成で、列柱の代わりにオイルランプの並ぶ身廊が、奥の内陣まで長く続く。
身廊の突き当たりにはビロードの絨毯が敷かれた座椅子があり、支柱から垂れた金模様の天蓋(テンガイ)に人影が隠れている。
「陛下、お加減は如何でしょうか。ここ数日……寝所から一歩もお出になっていないとか」
「───……」
天蓋の前でタランは跪いた。
「………その書状は何だ」
すると暫くの後、気怠げな声が届く。
小さく、掠れ、張りがない──
覇気はなく、それでも対手を牽制する厳か(オゴソカ)な雰囲気は、そこにいるのがこの国で最も高位な男であると示していた。
「民からの嘆願書です。昨今の事態に混乱し、自らの力で対処しようともせず騒ぎ立てているのでしょう…。ご覧になりますか?」
「…………いや、お前が見ておけ」
「…承知致しました」
端然とした面で相手を見上げ、タランはにこりと微笑む。わざわざ聞かなくとも、この国王が政務に関わろうとした事は一度もない。
…その方が都合がいい。
であるからタランはこうして、時おり王宮を訪ねては国王の機嫌を伺っているのだ。
「議会の事は私にお任せください。帝国との問題も全てよきに取り計らいますので、ご安心を」
「……ああ」
「して、最近の陛下は食事もあまり召し上がらないと聞きましたが、…何か不安の種でも?」
「……」
「食事がお口に合わないようでしたら料理人を変えましょうか」
ペラペラと軽快に話すタランに、掠れた声で時おり返事が返される。
天蓋に映るシルエットから察するに、相手はこちらを見てもいないようだ。
そのシルエットはゆっくりと水パイプを口許に運び、煙を吐き出しながらぼそりと呟いた。
「──…夢を、見る」
「……夢?」
「 '' あいつ '' が…………戻ってくる」
「……。あいつとは…?」
「──…」
「もしや、あの反逆者の事ですか」
にこやかだったタランの表情に曇りがさした。
座椅子で水パイプを嗜む相手は、タランの変化に気付かぬのか気にしていないのか、そのまま構わず呟めいた。
「もうじき俺を殺しに来る。国の混乱に乗じ……俺に不満を抱く民達を率い……俺の首を取りに来る」
「…っ…ま さか、何を仰りますか陛下!」
タランは思わず片膝を立てて身を乗り出す。
書状は傍らに捨て置き、男の足元まで近付いた。
「あの者は十年近くも前に既に死んでいるのです。今更…っ…何がどう転ぼうと陛下の前に現れる訳がありません」
「……死んでいる、か。……フ」
「……!?」
「何処に……そんな証拠があるのか。たったの指の一本……それだけで、何を信じろと言うのだ」
「陛下、それは…!」
「……あいつは今も、俺を恨んでいる」
再び紫煙を吐き出した男は水パイプを手放し、床の上に転がした。
そしてこめかみに手を当てると、気分が優れない様子で頭を傾け片足を投げ出す。
天蓋の隙間からのぞいた薄い褐色の足に──タランの両手が添えられる。
「我が愛しの君主よ……。どうかその様に思い悩まれませぬよう……」
「……ッ」
足の指を唇に含んだタランが、踵(カカト)を包んだその手をふくらはぎに滑らせ、膝裏までを辿った。
逃げようとしない足に何度も口付けをほどこす。
そして、金模様のベールを捲り内側へ身を入れたタランは、悩ましく息を吐いて目を伏せた若き君主を──滑らかな絨毯の上に押し倒した。
──…
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