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復讐者の記録──参
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『 煙管の灰で床が汚れた。後でここも掃除しておけ 』
『 …… 』
返事をしない事が、せめてもの反抗だ。
だが歯向かいすぎるとまた襲われかねないので加減が難しい。少年は嫌々ながら卓上から筆を取り、ひとつの手簡に目を通した。
──男娼は身体を売るのが商売だが、ヤンに心酔する者の中には心まで求める愚かな者がいた。こぞってヤンの機嫌をとるのだ。
…いったいどちらが客なのやら。
少年は手簡につづられた下心丸出しの文言を流し見た後、その返事を別の紙にしたためる。
ヤンの代筆だ。
『 前と同じ要領で書きますけど 』
『 よろしく頼む。気の利いたひと言も書き添えとけよ 』
『 …そんなの知りませんけど 』
『 自分の為と思って練習しておけ 』
勝手な事を言い、自分は寝そべるヤン。貴方がラクしたいだけだろという罵りは噛み殺した。
『 不満が顔に出てるぞ 』
『 顔に出すくらい許してください、ハァ……、ん?この封筒 』
『 どうかしたか 』
ヤンの代筆を始めた少年が、ある手簡(テガミ)持って興味を示した。
寝そべるヤンは首を伸ばして、少年が手にしたそれを覗いた。
『 ──…それか。何か気になるか? 』
『 貴族の紋章ですね、しかも、これは伯爵家 』
『 へぇ?やけに詳しいじゃないか 』
『 …っ、べつに 』
手簡には、赤色の封蝋(フウロウ)。そこには、送り主が貴族である事を示す紋章が刻まれている。
見せてみろ、とヤンが言うので、少年はそれをヤンに手渡した。
『 ……ああ、なるほど、な 』
グシャッ
しかしヤンはその手簡の中身を見ると、気だるそうに息を吐いて握り潰してしまった。
『 …!? 何をしてるんですか、ヤン 』
『 コレは無視していい。…返事も不要だ 』
『 なんと書かれていたのです? 』
『 くだらん…。《クルバン》への招待状だ 』
『 クルバン?…なんですかそれ 』
聞いた事の無い言葉だった。
珍しく少年が興味ありげな顔をするので、いつもなら無視するヤンだが、気まぐれに教えてやることにする。
『 貴族の奴らは気に入った賤人(センニン)を近衛兵として勧誘するが──勿論、招かれた賤人は兵士にはならない。何も知らず入隊したバカな生贄はクルバンと呼ばれてなぁ…、血の気の多い兵士どもに弄ばれて… 』
『 …… 』
『 …人知れず壊されて、捨てられて終わりだ 』
『 それが、クルバン…… 』
『 まったくこの国には馬鹿な慣習が残ってるもんだな 』
騙す貴族も…騙されるほうも、どちらもくだらない。
ヤンともなれば、招待状が届いたのは何度目か知れない。貴族の客は払いがいいが、ここまで欲を出してきた奴はさっさと見切りを付けることにしている。
“ あの伯爵…この俺をクルバンにしようとは…舐めたマネをしてくれたな。次に客として来た時はどうしてやろうか ”
ヤンは良からぬ事をたくらむ顔で口許を歪めた。
『 ──…その招待状を手に入れるには、どうすればいい 』
『 は? 』
その時、少年が思いがけない事を言ってヤンの意表を突いた。
『 この娼館で名をあげれば、僕も《クルバン》になれるでしょうか 』
『 お前……正気か 』
『 実情がどうであれ、建前(タテマエ)は近衛兵になり、クオーレ地区に住めるのでしょう? 』
『 …はぁ 』
ヤンは呆れた顔を向ける。
しかし少年の顔は真剣そのものである。これにはヤンも返答に困った。
少年は頭が良い。それはもう知っている。ヤンの言うクルバンがどういう物か理解して、理解したうえでクルバンになる方法を聞いているのだ。
『 …熱で頭まで可笑しくなってんじゃないだろうな 』
『 なっていません 』
『 なら何が目的だ 』
『 …話すつもりはありません 』
『 そーかよ。だがクルバンになればお前の運命は決まったようなものだ。確実に──… 』
『 確実に死のうとも 』
『 ──…! 』
『 殺される前に、目的を果たす。どうせギョルグとなった僕は短命なのです。残った命の使いどころを決めるのが僕の " 権利 " でしょう? 』
『 ハッ…、お前やっぱり面白ぇ 』
死にたければ死ね。生きたい奴だけ生きればいい。いつもそういうヤンでさえ、この少年を前にして《イカれている》と確信した。
『 そうか昨夜のお前の客──奴らも確か近衛兵だったか。それでいっちょ前にやる気を出した結果がコレか?ぶっ倒れるまで遊ばれて健気だな 』
『 …っ…やる気なんて出していません 』
『 貴族にとりいって何をしようとしてんだか…。だが、まぁ、お前の自由か 』
人並みに情がある者ならば、クルバンになろうとする少年を必死に引き留める。
けれどそうしないヤンも、少年と同じように常識の欠けた人間だということだ。
『 平民でもない俺たちがクオーレ地区に入るには…確かにこの方法しかないだろうな 』
『 …わかりました 』
『 何もわかってないように思えるね 』
少年はそこで話すのをやめ、次の手簡を取りヤンの代筆に取りかかった。
これ以上は、過剰に興味を見せたりしない。
しかし少年の内には、それまで無かった明確な道筋が立ち現れていた。
僕は──必ず
あの場所へ
その為なら、何者にでも堕ちてみせる
強い意志を感じる幼い横顔を見詰め、ヤンは静かに目を細めた。
……………
─────……
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