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Ωの花嫁~誰のために花は咲く1~
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「よく来たね、椿。僕の可愛い花嫁」
玄関前の車寄せに止められた車の後部座席のドアが開かれると、幸せそうに笑みを浮かべたスーツ姿の神山真一朗が、香坂椿に向かって手を差し出した。
「ありがとうございます。真一朗様」
椿は真一朗の手を取ると、ゆっくりと車から降り立った。
すると、真一朗の後ろで並んでいたメイドや執事は、車から降り立った椿の美しさに思わず息を飲んだ。
少し長めの黒髪に長い睫毛、黒目は大きいが少し釣り目でスッと通った鼻筋。
細めで黒色のパンツ姿に白いシャツというシンプルな格好は、椿の細身の体を引き立たせ、中性的な印象を与えた。
まるで絵画のようにすべてが整った椿の姿は、吸い込まれそうな妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「こういう時は打掛でも着てくるべきでしたかね?」
「それはぜひ見てみたかったな。きっと、椿ならよく似合うと思うけど」
口角を上げて悪戯に笑う椿の長めの横髪を、真一朗は指先で優しく椿の耳にかけると、顔を近づけ低い声で甘く囁く。
「番になる日にぜひ。僕が脱がせて差し上げたい」
真一朗は椿から顔を離すと、にっこりと椿に笑いかけた。
(コイツ…)
「真一朗様、お戯れが過ぎますよ」
椿も真一朗と同じような笑みで返したが、内心は吐気を感じる嫌悪感しかなかった。
椿は早々に切り上げようと、椿の少し後ろで待っていた執事の楓に、後ろ手で軽く合図をした。
「あっ…」
急に貧血を起こしたように力が抜けよろめいた椿を、執事の楓は冷静に腕で受け止めた。
「椿っ!」
慌てた様子で真一朗は椿に手を伸ばすが、楓はその前に椿のことを抱きかかえた。
「申し訳ございません、真一朗様。椿様はお身体のこともあり、今まで外出されることがあまりなかったため、車内で気分を悪くされていまして…。あなた様に会うために気丈に振る舞っていたようですが…」
「ごめんなさい、真一朗様…」
椿はぐったりした様子で楓に身体を預けるようにしながら、虚ろな目で真一朗を見つめた。
「そうだったのか。それなら早く言ってくれ椿。私たちは夫婦になるんだ。遠慮は無用だよ。じゃあ、部屋まで案内させよう」
振り向いた真一朗は、後ろで待機していたメイドに声をかける。
「二人を案内してくれ。ああ、椿…。やっと会えたのに…」
真一朗は残念そうな表情を受かべながら、楓に抱きかかえられたままの椿に手を伸ばし、頬にそっと触れた。
「っ…!」
頬に触れてきた真一朗の手があまりにも冷たく、椿は少し驚き、肩を軽くビクつかせてしまう。
「おっと、驚かせてしまったかな。でも、そんな苦しそうな顔まで、椿はやっぱり綺麗だね…。それじゃあ、夕食まで部屋でゆっくり休んでおいで」
「…ありがとうございます。真一朗様…」
秋が深まりつつあるこの肌寒い中、自分の到着を外でずっと待っていたのだと真一朗の冷たい手から感じ取ると、少しばかりの罪悪感が椿の中に生まれた。
だが、椿はそんな気持ちを覆うかのように目を伏せると、楓の胸に顔を埋めた。
「では、こちらです」
「それでは、失礼します」
椿を抱きかかえた楓は真一朗に会釈をすると、案内役のメイドの後ろに着いてアーチ状の玄関をくぐる。
椿はメイドにバレないよう、屋敷の中を楓の腕の中でゆっくりと見回した。
(さすが旧財閥の本邸…。こんな都心の一等地に無駄に広い敷地、しかも、こんなでかいお屋敷…)
正門から煉瓦造りの壁伝いに坂を上り、その間もだいぶ車を走らせたことを考えると、神山家の敷地が広大であることがうかがえた。
椿の家も代々輸入業を手掛ける裕福な名家だったが、神山家は敷地だけではなく、洋館の広さも桁違いだった。
椿は上を見上げると、二階まで吹き抜けの壁は、ステンドグラスやレースのような繊細な透かし彫りが施された窓がたくさんあり、日が眩しいほど差し込んでいた。
(あのステンドグラス…。描かれているのは白い鳩か…。昔どこかで見たことがあるような…)
二羽の鳩が対になって飛んでいる絵が描かれた色鮮やかなステンドグラスを、椿は少し見つめていたが、ふと、顔を逸らした。
(対…。番…か…。俺も、この神山家の嫡男、真一朗と…)
神山家は医療業界最大手の旧財閥だった。
旧財閥とはいえ、今でも病院経営や製薬業では国内トップ企業で、特に現当主は、古い伝統にとらわれず、先を見据えた革新的な事業を始めることが多く、特に第二次性関連事業に力を注いでいた。
(ったく。あのじじいが、伝統通り、嫡男に跡を継がせるって言えば、こんな面倒なことにならなかったのに…)
椿は無意識に、楓の服を強く握りしめていた。
その仕草に何かを感じ取った楓は、広い玄関ホールを抜けたところで足を止めた。
「ありがとうございます。そこの階段を上がればいいんですよね。それでしたら、ここで結構ですので」
椿達の方を振り向いたメイドは、困った顔を浮かべる。
「いえ、ちゃんとお部屋の前までご案内させてください。そうでないと、私が真一朗様に叱られます」
「いえ、どうぞお気になさらず」
「でも…!」
楓は困り果てるメイドの制止も聞かず、手すりの一本一本に細かい彫刻がされた二階に続く階段に向かおうとする。
「大丈夫です。誰かに言ったりしませんよ。私も椿様付きとはいえ、同じこのお屋敷の使用人になるんですから。だから…後ほど、このお屋敷のしきたりなど、じっくり教えてくださいね」
メイドの横をすり抜ける時、楓はそっとメイドの耳元で囁き、笑顔を向けた。
「は、はい!では、二階に上がっていただいて、右手突き当たりが椿様のお部屋になります。昨日届いていたお荷物は、事前にお部屋に運ばせていただきましたので」
「ありがとうございます」
椿の美しさに目が行ってしまいがちだが、切れ長の目で椿のように整った顔の楓の笑顔に、メイドは頬を赤らませると、逃げるように走ってどこかに行ってしまった。
「この、天然たらしが…」
椿は楓に抱きかかえられながら、呆れたように溜め息をついた。
「おや、お元気なら、ここで降りられてご自身で歩かれますか?」
「うるさい。このまま黙って俺を部屋まで運べ」
「かしこまりました」
今度は楓が呆れたように溜め息をつき肩を竦めると、椿を抱えながら階段を上りきり、長く真っ直ぐ伸びた廊下を黙って歩き始めた。
「あっ…」
ふと、窓から見える中庭の景色に、昔見た建物に似ているものを見つけ、椿は思わず驚き、声を漏らしてしまう。
「どうかされましたか?椿様」
「いや…。なんでもない…」
「そうですか。あ、ほら、到着しましたよ」
細かい彫刻が施された両開き扉を楓は椿を抱き抱えたまま器用に開けると、椿をそっと部屋の中に降ろした。
「あー…疲れた」
椿は伸びをしながら、部屋の中央に置かれたカウチソファーに向かって行った。
「疲れたのは私の方ですよ。でも、あんな慣れない話し方や笑い方をされれば、お疲れになるのも当たり前ですよ。何度、私が笑いかけたことか」
楓は扉を閉めると、口元を手の甲で隠すようにしながら肩を震わせて思い出し笑いを始めた。
そんな楓を、椿はカウチソファーの背凭れに手を置くとキッと睨みつけた。
「好きでこんなことしているわけじゃないからな…」
睨みつけた後、俯き気味に床に敷かれた絨毯を見つめる椿に、楓は慌てて近寄った。
「失礼しました…」
まるで親が子供を安心させるように、楓は椿を優しく抱きしめた。
そして、椿の頭を愛おしそうに撫でた。
だが椿はすぐに楓の胸を手で押し、身体を離した。
「バカ楓。お前はそうやって優しいと、いつか騙されるからな」
「構いませんよ、椿様になら」
「…バーカ」
椿は鼻で笑い満面の笑みを浮かべたが、楓は椿の笑顔に複雑な心境だった。
「そろそろ…。私には本当のことを話していただいても、いいんじゃないんですか?どうして、あの方を…。番になろうと思われたんですか?」
「カネ…。それ以外に、アイツの魅力なんてないだろ」
「椿様…」
悲痛な叫びのように名前を呼ばれた椿は、楓に顔を隠すように背を向け、窓に向かって歩いて行った。
窓からは先ほどまでいた玄関ホールが見え、執事と話をする真一朗の姿が椿の眼下に入った。
椿は窓枠を指先で沿うように撫でながら、今度は遠くを見つめた。
「悪いが、これ以上言えないんだ。たとえ、楓…お前であっても…。こんなところまで付き合わせて、悪いんだけどな…」
「いえ…。取り乱して失礼しました。私の役目は椿様と共にあることです。では少し、席を外しますね…」
椿に向かって深くお辞儀をした楓は、静かに部屋を出て行った。
扉が閉まるのを横目で見届けた椿は、肩の力を抜くように、深い溜め息をついた。
(やっぱり、楓は勘がいいな…。いっそ…)
自分にまるで何かを言い聞かせるかのように、椿は首を横に振った。
(いや、これは俺の問題だ…。楓を巻き込むわけにはいかない…)
椿は改めて部屋の中を見渡すと、部屋全体は落ち着いた色で統一されていたが、壁紙でさえ金で細かい装飾が施されおり、高級感のある家具や調度品で揃えられた部屋は、まるで王室のようだった。
「ベッドルームは奥の部屋…か」
部屋の奥にもう一つの扉があることに気が付いた椿がその扉を開けると、そこには天蓋付きのベッドが置かれていた。
「天蓋付きって…。俺は、お姫様かよ…」
(あと一週間…。そしたら俺は…このベッドで、あのαの所有物になる。でも、その前に…)
椿の発情期は来週末から始まる予定で、いつ発情期を迎えてもいいようにという真一朗の要望で、発情期が訪れる前から、この神山家に住むことになった。
だが、Ωである椿の本当の目的は、αである真一朗の番になることではなかった。
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