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敗北 -11-
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櫻井がライブハウスという場所に足を運ぶのは、その日が生まれて初めてだった。
普段の生活ではまず立ち寄らない土地にあり、周りも行き慣れないような雰囲気の酒場のネオンが目立っている。
チラシに書いてある『OPEN:17:30/START:18:00』の文字。
そのOPENの10分前に合わせて会場に来てみたが、人はマバラだ。意外にも、自分以外にもサラリーマンらしきスーツ姿も見受けられる。
所定の時間になると、赤と黒が混じった髪で顎にピアスを刺した男が店から出てきた。そのへんにたむろしていた派手な男女がチラホラとそちらに集まっては、建物の中に入っていく。
誰しも勝手知ったるかのようにチケットを渡したり、2,3の会話のあとに奥に入っていく。
櫻井は戸惑いながら、とりあえず財布を取り出した。人の列が切れたところで、おずおずとその顎ピアスの男に近づいていった。
「すいません、チケット持ってなくて……」
「当日券2,000円とドリンク500円奥でお買い求めくださーい」
男は手慣れたように、ぶっきらぼうな早口で即答した。
櫻井は逃げたいような気持ちになりながらも、奥にある受付で金を払い、雑な裁断のチケットと、ドリンクと印字された小さな紙をもらった。
外から見ていても分かったが、大して広くもない空間だ。それでも隙間が空くほど人が少ない。
オレンジの照明がぼんやり会場を照らす中、既に耳が痛くなるほどに大音量で知らない曲が流されている。
櫻井は雰囲気に圧倒されて、見よう見まねでドリンクカウンターでビールだけ頼んで、それにチビチビと口を付けながら端の方にひっそりとしていた。
少しして、楽器が置いてあっただけのステージに、袖から人が出てきた。今日、昼に出会ったpink motor poolの2人、それとドラムセットに回った男。
櫻井は近づいて声をかけようか迷ったが、なんだか立ち入れない雰囲気を察知して、やはり1人大人しく隅にいながら、チューニングの様子を眺めていた。
しばらくして全員が掃けていったが、それから少し経つと、客電が落ちてステージが明るく照らされた。
先程までそこで楽器をいじっていた3人が、勿体ぶってステージの袖から出てくる様は何か滑稽に感じたが、客席で起こるマバラな拍手に合わせて、櫻井も手を叩いた。
ギターを一鳴らししたあとで「ハーロゥ!!」とマイクを通してがなる木田の声。それに合わせていくらかの歓声と、口笛を鳴らす音が聞こえた。
日中に出会った木田はどこかモゴモゴとしてたり、なんとなく暗い印象だったが、今ステージにいる彼は光を浴びて、なんと堂々としていることだろうか。
ドラムのカウントの後で、曲が始まった。
鼓膜が破れるかと思うほどの振動に襲われて、櫻井は一瞬縮こまったが、2人から目を離さないようにした。
轟音の波の中、照明が空間を塗りつぶすような赤から、人のそのままの色を照らす光に変わる瞬間を、櫻井は目を開いて見ていた。
音楽のことなんてよく知らないし、ただうるさいばかりにも聞こえるような音の塊、そんなノイズを奏でている男たち。
その光を見つめながら、手足に、瞼に、ジンワリと灯る熱。
こんなにも、彼らは『生きている』。
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