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香月への謝罪騒動があってから一月ほど経った夜、櫻井は黒宮、武上との食事の場にいた。
話は黒宮の方から武上を通して持ちかけられたものであり、櫻井にとっては願ってもない機会だった。
「俺は君がどういう考えであんな行動を取るか、それに興味があるんだよね」
食前酒に口を付けつつ黒宮が言う。それが今回の会食の動機であることは、日程調整の段階で櫻井にも伝えられていた。
「あんな行動……といいますと?」
「躊躇いなくパンツ下ろせるとことか」
櫻井は即座に両隣のテーブルに気を配った。
片方は空席だし、もう片方のサラリーマン風の団体も、自分たちの会話で盛り上がっている風である。店内音楽も流れているし、聞かれている心配はないだろう。
「あれは、その場に第三者もいなかったし、一発芸のようなものという認識でしたから」
「恥ずかしいとか思わなかった?」
「男同士で恥ずかしがることもないですよ」
「でもプライドの問題とかあるじゃん」
プライド。
その言葉が櫻井の胸に冷たく響き、一瞬目の前の景色が遠ざかる感覚に襲われた。
「……あまり頓着しない方かもしれないですね、そういうことには」
なんとか今この場に意識を集中させようと、努めて黒宮の目を見るようにして答えた。少し笑い声を含みながら。
「香月くんに土下座してた時も全然躊躇いなかったもんね」
前菜の盛り合わせが運ばれてきて、黒宮はそこに乗ったサーモンのマリネにフォークを刺す。口に運んで咀嚼する間も唇にフォークの先を当てる仕種は、指を唇に当てる仕種を思い出させた。
「無いの?悔しいとか恥ずかしいとか、そういう風に思ったこと」
「……そうですね。正直に言えば、この前だって悔しかったんですよ」
櫻井は詳しく自分の過去を掘り返す前に、直近の思い出を語りだした。
「悪いのは当然こちらです。しかし香月さんが時間に大幅に遅れて待っているときは、遊ばれているように思えました」
黒宮は少し頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼しながら、目はじっと櫻井の方を向いていた。武上と言えば、一定のスピードでものを口に運び食べ、また口に運ぶ動作を続け、こちらを見てもいない。
「まぁそっか、君にしてみればとんだとばっちりだもんね」
「とばっちりと言えば前島の方ですよ、あの日は前島の苛立ち具合にもヒヤヒヤしました。
あの失態を何も覚えていない木田も阿呆ですけどね、それでもあいつなりに反省はしてたし謝罪の意思もあったんですよ。それなのにあの扱いでは……失礼しました」
話を聞く黒宮のリアクションが薄くなっていることに気付いて、櫻井は慌てて言葉を止めた。黒宮はその様子を見て小さく笑った。
「なんだ、お前も結構怒ってたんじゃん」
「……そりゃあ、怒りますよ」
ばつが悪くなって、櫻井は目を背けてグラスに残ったワインを飲み干した。
それからは自分たちの仕事の話や世間話もそこそこに、運ばれてくる料理を食べていた。
シタタリのツアーは一段落し、香月や外村のメディア露出は続いても、一介のサポートである黒宮は仕事が減ってはいるらしい。
「演奏の収録がある時は呼ばれるんだけどね。香月くんはそれ以外にも色々テレビ出てるから忙しそう」
メインの肉料理をナイフで切りながら、黒宮の声はぼやくようだった。
「それでは今は他の仕事も?」
「そういう話もなかなか来ないよ。俺、シタタリのメンバーだと思われてんのかな」
櫻井はきた、と思った。
「それなら、是非ともうちでも叩いていただきたいですね」
「ははは」
笑って流されたが、今はそれでいい。あちらがプライベートとして用意してくれた食事の場で、あまり突っ込んで仕事の話をしなくてもいいんだ。
ただ頭の中にこの発言を留めてもらえれば、櫻井としても直近の目標としていたことは達成できたことになる。
それにしても、武上が話に入ってくることは一度もない。喋ったのも櫻井がグラスに水を入れようか聞いたときに「お構いなく」と言ったくらいだ。
黒宮はまるで武上が見えていないかのような振る舞いであったため、櫻井から武上に話を振ることも上手くできなかった。
結局最初の食事が運ばれてからデザートを食べ終わるまで、武上はただ一定のスピードで食事を口に運び続け、時折水を飲み、料理が無くなれば膝に拳を置き、ただテーブルの中央辺りをじっと見つめていた。
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