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✽日本一高い建物から見たいもの✽ 3
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ようやっとの思いで12階に辿り着いたが、物珍しい建物なのに客が少ない理由はこれだなと那由多はげんなりしている。一度でもう十分。
そんな風に思うていたが、今まで薄暗い道中が長かったからか、俄に目の前が明るくなり、開けた頂上は欄干丈けで囲ってあるだけの壁のない見晴らしの良い広い平面になっており、雲がとても近い気がする。最上階からの眺めは絶景で、疲れを忘れさせる様であった。
「わぁ〜、.........なんと、」
この最上階からは東京はもとより富士山や伊豆の火山群、足柄、箱根などを一望できる。那由多は言葉を失い、食い入る様に景色を見つめていた。
紅葉も相まって実に見事。初めて目にした富士の山は絵とは比べ物にならぬ程に壮大で美しく、東京からこんな景色を見られるとはよもや思うていなかった。
深く感銘を受けそれが次第に笑みに変わる。
そんな那由多を真横でじっと見つめていた近衛は目尻を下げた。
一番見たかったものが見られた。自由を謳歌する那由多の姿を見る事が好きだ。世界は広い、これから色々な所を共に巡り、その都度その都度、那由多の顔をこの目に焼き付けていきたい。
「...上手く説明出来たら良いのですが。ふふ、言葉が出ません...」
近衛の目では色彩は捉えられても、そのもの自体は朧げなのだろうと、この目で見た物を説明したいが絶景の一言に尽きる。
「一番見たかったものは近くではっきり見えたから良い」
そう言われてスッと見上げると、近衛は私の顔ばかり見て居られる。そんな近衛の顔を私は両の手で包み、ぐっと前へ向けさせた。
「もう、物珍しくもないものを...。私の事は何時でも見られます故、景色を見て下さいませ。日本一高い建物から見ているのですよ?勿体ない...」
「はは、私の目的は日本一の高さで其方を見る事だ。ほら、絶景だ」
戯れて居られるのだろう。顔を覗き込まれて私が堪らず笑いだせば近衛の笑みが一層深くなった。真、近衛は変わったお方だ。知り合うて五年、ずっと惜しみない愛情を向けて下さる。
笑んだままじっと見つめてくる近衛から視線を逸らし、私は笑うてまた景色を眺めた。良う晴れていて見なければ勿体ない景色だが、無粋故もう何も言うまい。
「今度はこれで見ると良い」
備え付けてあった何やら得体の知れない長い物に手を置いた近衛にそう言われ、「これは?」と尋ねた。
「遠眼鏡だ。30倍で見られるそうだ」
ああ、遠眼鏡か。と燦然楼時代客に貰った遠眼鏡を思い出す。これよりうんと小さな手持ちの物ではあったが、あの部屋で遠くを見渡したとて出られぬ故詮無いと夏彦にあげたなと、あの時の夏彦の喜んだ顔を思い出したら、息災なのだろうか、水揚げももう済んだだろうなと案じた。そして直ぐ佐之助の顔が浮かぶ。逢いに行っても逢うてくれない理由はなんなのだろうと考えたら、頭に思うものはそればかりになった。
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