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✽日本一高い建物から見たいもの✽ 5
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「ははっ、那由多は富士の山を見てると良い。私は那由多を見てるから」
「もう!私の事は屋敷でも見られます。折角ですから富士の山を見て下さいませ、」
尚も戯れる近衛を諌めると顔に手を添えて前を向かせた。なれど近衛は私の手に手を重ね、腰を曲げて私の顔を覗き込んでくる。柔和な笑みで見つめられ、手を引こうにもしっかりと握られていてそれは叶わない。
「さっき言うただろう?私は此処に那由多を見に来たんだ。日本一高い所で其方を見たかった」
「...お戯れはお止め下さいませ。気恥ずかしゅうて居た堪れなくなってしまいまする。そ、それに日本一高い所は富士の山の頂きです。さぁ、篤忠様も富士の山を見て下さいませ。青がとても美しいです故、」
「ああ、言われてみれば確かにそうだな!では暖かくなったら富士の山にも登って那由多を見ないとな!」
「え!?」と驚いた私を他所に「一日あれば行ける」と近衛は至極楽しそうにして居られる。
凌雲閣の12階を上がるのもようやっとの思いであったのに、富士の山を登るとは。
眼前に広がる富士の山に思わず唾を飲み下す。
(私の足で登れるだろうか......)
そんな不安を抱えるも、未だ私の顔を覗き込んでいる近衛を見たらそれも良いのやもと思えてきた。
「歩けなくなったらおぶって下さいませ。篤忠様の参られる所でしたら何処へでもお供致します」
「はは、ではこれを」
そう言うて近衛は小指を差し出してきた。久方振りの指切りに私が笑うて小指を絡めると、近衛は絡めた私の小指に唇を寄せた。チュッと殊更に立てた音と気障な仕草。なれどその顔は満面の笑みで妙に不均衡。
私は笑うて「お可愛らしい」と本音を漏らすと同じ様に近衛の小指に唇を寄せた。
「富士の山は近くで見ると、山肌に緑も乏しい黒い山なんだ」
「そうなのですか?...あんなに青く見えますのに、」
「空が青く見えるのと同じ原理だ。富士の山を遠くから見ると、それだけ自分と富士の山の間に空気の層がたくさん出来てな、空気の層があるということは、たくさんの空気の分子があって、太陽の光の色のうち、一番青色が空気の分子や塵にぶつかって反射するから青く見えるんだ。だから時間や季節によって、同じ富士の山も青だったり赤だったり、紅だったりに色を変える」
私が燦然楼にいる頃からそうであった。近衛は私に読み書きを教えてくれ、こうして新しい事を丁寧に教えて下さる。
那由多は近衛の短く切り揃えられた髪を柔く撫でた。
「真に、この頭は知識の泉ですね。青でも赤でも黒でも...きっとどれも美しいのでしょうね、」
スッと富士の山に目を移した那由多のその笑みは何処となく儚く、近衛は堪らない気持ちになった。
愛おしい、ただただ那由多が愛おしい。まだ共に暮らせる様になり3か月。迷うからと一人で出歩く事もあまりない那由多はまだまだ自由には慣れていないのだろう。側には居て欲しい。なれどもう囲いの身ではないんだと知ってほしい。
「青も赤も黒も、全部共に見よう。何度でも見られる」
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