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✽縦皺と横皺✽ 6
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篤忠は宮家の令嬢を娶るにあたり、特旨を受け兄弟の中でただ一人爵位を授かっている。故に分家していても平民ではなく華族だ。そして宮内省勤めで天皇のお側にいる。
この日清戦争は政治家として功績を上げる良い機会。その為には篤忠の力を借りるのが近道だが、如何せん篤忠は家忠兄さんに懐いているし真面目で融通がきかない。そして篤忠は兄弟一の切れ者。この野心に気付いているのか、俺の側には寄りつかない。出来れば二人の仲を引き離し篤忠を懐柔したかったが、そう上手くはいかなそうだ。
なれどまだ時間はある。じわじわゆっくりだと忠嗣は近衛と目を合わせにっこり微笑んだ。
近衛はそんな忠嗣を見て微笑み返したが居心地の悪さを感じていた。
考えが読めない忠嗣兄さんが苦手だ。笑みの下で何をお考えかとつい探ってしまう。飄々としているが、然りげ無く周りを掻き回そうとしている様なそんな印象を受けてならない。
「家忠兄さん、真に私の事は気にしないで下さい。あまり顔を合わせる事もありませんから」
難しい顔をしている家忠に苦笑してそう伝えると、ようやっとゆるく笑んで頷いてくれた。
「篤忠が政治家に転身すれば、兄さんはこんな苦労をしなくて済むよ?もう基家を蹴落として父上と兄さんを支えてあげたら?」
その言葉に家忠は白々しいと忠嗣を見る。
篤忠が政界に進出して来る事を真は恐れているはずだ。篤忠が政治家に転身するのであれば貴族院で我々とは異なるが、頭角を現せば兄弟として比較される事はまず間違いない。
この問いは篤忠の真意を探りたいが故だろう。
なれどこの問いの答えは聞かずもがな分かっていた。
『平民になりたかったです』
婚姻で特旨を受けた時に篤忠が言うた言葉を思い出す。端から与えられる物を良しとせず、自らの力で生きてみたい。ずっと篤忠はそう願い、そう行動している。
宮内省を選んだのも、干渉されたくないからだと言うていたが、それだけではないのだろう。
自分より身分が高い皇族の側に仕え、近衛の名だけで敬われる事から脱したかったのではなかろうか。
「ずっと申してますが、私は政治には興味がありません」
家忠が思うていた通り、近衛は迷わずそう答えた。
富国強兵を掲げている明治政府の考えに近衛は賛同できないでいた。
政府は国外にばかり目を向け、自国の民の事を考えていないように思う。富める者ばかりが富み、貧しい者は永遠に貧しい。
四民平等などと言うてはいるが、結局の所、我々の様な特権階級の者ばかり優遇される。
徴兵令とてそうだ。国民皆兵が原則と言いながら、官庁勤務者、官公立学校生徒、医術等修行中の者、一家の主人のほか、270円の代人料を収めた者は兵役の免除者となる。
富める者の為に貧しい国民が命を掛けて戦う事に納得が出来ない。なれど私とてそういう思いが強くなったのは、那由多に出逢うてからだ。
それ程に特権階級の者は貧しい国民の実状を知らず、誰も目を向けようとしていないという事だ。
貴族院と衆議院の二院制とはいえ、衆議院議員も財のある者の集まり。つまり私が政治家になり、一人否を唱えたとて虚しい結果になる事は火を見るより明らかだった。そして父や兄達の立場を悪くするだけになるだろう。故に私は決して政治家にはならないと決めていた。
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