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✽縦皺と横皺✽ 9
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江戸が東京と名を変え、元号が明治となり、1日が24時間、1年が365日と決められ様々な事が変わっていく。そんな時代をトシは駆け抜けてきた。
「色んな御屋敷に行きましたが、何処もそう変わらず、大抵の所が下女は全員お前と、名すら呼ばれる事はありませんでしたよ」
大勢の女中を召し抱えているような屋敷ではそれが当たり前。追い出されたり、没落したりと行き場を無くすに連れ、段々と国家の中心地に向かい、麹町で屋敷を見て近衛に声を掛けたのだ。下女として置いては頂けませんかと。
「下民が直接声を掛けるなど無礼だと叱られる覚悟でお声をお掛けしましたのに、旦那様は何故か私をじっくり観察なさいましてね。つい、そんなに見ずとも移る病などには罹っておりませんと嫌な顔をしました」
何を聞くでもなくじっと見つめてくる旦那様に、乞食とでも思われたのではと不安に思うたと同時に、頭にきたのを覚えている。少し声を荒げた事にまずい事をしたと、置いては貰えぬだろうと内心諦めていた。
「...それなのに何をお考えになられたのか、旦那様は満面の笑みを浮かべられましてね。ふふ、相すまないと謝られたのですよ。もう驚きましてね。こう申しては大変失礼ですが、恐ろしさまで感じました」
近衛とトシがどんなだったのか想像に容易く、苦笑するトシを見て那由多はくすくす笑うた。
「ですが、置いて頂けて真に良かったと思うております。生きる為ではなく、喜んで頂きたい、お役に立てればと思いながら働けるのは初めての事ですから」
近衛の人徳だなと那由多は笑みを深めた。思い返せば私も直ぐに近衛の人柄に惹かれたものだ。変わった御方、なれど素晴らしい御方だ。
「こうして旦那様と那由多様に出会えて、トシは生きる喜びを知りました。めでたしめでたし」
「ふふふふ、私もトシさんに出会えて、真に幸運であったと思うて居ります。これからもうんと叱って下さいませ」
「ふふふ、叱られない様に為さって下さいまし!」
二人で笑い、共に握り飯を頬張った。先に近衛は旅が好きだと仰っしゃられていたが、成る程、楽しいものだなと私もそんな風に思うた。
汽車は国府津駅を出ると進路を富士山方向に変え、箱根の北側を迂回して沼津に至る。
富士山を間近に見た那由多は、先の約束を思い出し、登れるかはさておき、何時かここに近衛と旅にと思いを馳せた。
豊橋、米原、大阪、神戸と官有鉄道で行き、山陽鉄道に乗り換え、神戸、岡山、岡山から広島と乗り継ぎ、広島に着いたのは、翌日の14時半頃であった。約32時間の汽車の旅は、那由多とトシの距離をぐっと縮めた。
広島駅から広島城を目指し、ついに大本営へと到着した那由多は、逸る気持ちを落ち着かせ守衛に声を掛けた。
「あの、近衛家の使いで参りました。式部職次官の近衛様をお願いできますでしょうか、」
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