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名無しの子
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数霊術でまつりごとが執り行われる小さな国、カスパダーナ国では生まれた日が重要な意味を持つ。
生まれた日にカスパダーナの神から力を授けられ、個人の能力が決定されてしまうのだ。
たとえば一日生まれは絶大なリーダー性を持ち、国を動かす選ばれた人間に────王侯貴族がほとんどを占める。
三日生まれなら、溢れる闘争心を遺憾なく発揮する性質を持ち、騎士に。
「アルフレード、十五歳のお誕生日おめでとう! 二十八日生まれの類まれなる高貴な存在の貴方に、カスパダーナ国の神子となる日が来たわ!」
「ありがとう。幸せだよ! しっかりと役目を果たすから!」
今日はラプシの兄、アルフレードの誕生日だ。二十八日生まれは精気みなぎる美しい身体を持ち、女なら聖女に、男なら神子としてカスパダーナの神に仕える運命だ。
アルフレードは綿飴のようなふわふわの金髪を揺らし、薔薇色の唇で微笑んで、村人達からの祝辞を受けている。
十六歳を迎えたアルフレードは明日、カスパダーナの神が棲む湖上の神殿へ上がることになっている。
神子や聖女が出た家には国から沢山の祝い金が出され、その後の豊かな生活も保障される。
なぜなら、神子や聖女とは名ばかりで、本当は「生贄」だから。
カスパダーナの神の正体は巨大な白蛇だ。この国で一番大きな湖に住み、絶大なる力をもって国に安寧と富をもたらしていると、カスパダーナの民は生まれた時から教え込まれている。
そして大蛇の神通力を高め、存続させるためという建前と、大蛇の機嫌を損ねて国に厄災を振りかけられぬようにという本音から、二十八日生まれの人間が十年に一度、生贄として身を捧げる習わしになっていた。
今年は前回の生贄奉納から十年。新たな生贄奉納の年だ。
生贄になる十六歳の二十八日生まれは男女合わせて数人いるが、中でも最も美しい容姿のアルフレードが選ばれた。
「おい、ラプシ。お前、明日はわかっているだろうな」
村全体での祝いが終わり、片付けを言われて一人で集会所に残っていたラプシのところに、アルフレードがやってきた。
村人たちに見せる天使のような笑顔ではなく、美しい顔が凶悪に見えるほどに眉を歪めてラプシを睨んでいる。
「わかってるよ……神殿の近くの森で兄さんと衣装を交換して、僕が生贄に」
「黙れ!大きな声で言うな」
アルフレードの声の方がよほど大きい。ラプシは大きな声を出してもいないのに、ドス、と鈍い音を立てて腹を蹴られた。
「ぅう……」
ラプシが床にうずくまって呻くと、アルフレードはさらにラプシの腰に足を置き、ぐにぐにと踏みつけてくる。
「誰かに聞かれたらどうするんだ。これは家族だけの秘密だ。……お前を家族だと思ったことはないが、最後にそう思ってやるんだから感謝しろよ?」
ラプシはアルフレードの弟とはいえ、遊び好きの父がどこかの娼婦を孕ませてできた不義の子だ。
娼婦である母はラプシをたった一人で産み落として死に、それを発見した娼婦仲間が父を探し当て、この家にラプシを放り込んで行ったのだ。
もちろん夫婦は大喧嘩をした。だが彼らは気づいたのだ。誕生日もわからない下賤なラプシを、将来生贄にされる恐れがある二十八日生まれのアルフレードの身代わりにすればいいのだと。
それからラプシは、この家でアルフレードの身代わりとして、食べるものも着るものも充分には与えられずに育てられた。学校にも行っていない。
奴隷と同じような扱いで、暮らす部屋は小さな通風口があるだけの、じめじめした暗い物置き。
灰色の髪はいつもざんばらに切られ、痩せこけた身体の上の、同じく痩せこけた顔についたギョロギョロの黒目は、スローロリスのようだと揶揄われている。
ラプシの生まれの由来を知っている村人たちも、誰も慈悲の手を差し伸べてはくれなかった。
ラプシは生きる意味もなく、物心がついた時にはアルフレードの身代わりの生贄として、白蛇に食われる覚悟だけをして生きてきた。
だから命の最後の日だって同じ。ラプシは集会所の石床に這いつくばり、無心で床を磨くだけ。
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