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胃に穴が空きそうな日常
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原型が崩れるまで煮込まれたパンに、細かく刻んだ葉野菜を散らす。一口味見をしてから、鍋の中身を深皿へと移した。昨日の昼食時はついぞ起きなかったが、今日はどうだろう。トレイを持って師匠の部屋へと向かう。
「ラズ、師匠の様子はどう……師匠!」
青い理知的な瞳が見開かれているのに気づいて、サーシェは枕元まで駆けつけた。ローリエ師匠から気怠そうな視線を向けられる。
「おお、サーシェ。食事を用意してくれたのか」
「師匠の好きなパン粥です。お体の具合はどうですか」
「変わらんよ」
ベッドの隣の丸椅子に座っていたラズは、立ち上がってサーシェに場所を譲る。骨が出っ張った背中に手を添えて、起き上がるのを手伝った。
(また痩せてる。気のせいじゃない、絶対そう)
これ以上痩せたら……嫌な予感を振り払う。師匠が食事できるようにベッドサイドに腰掛けてもらい、テーブルをセッティングした。
「美味そうだ」
震える手でさじを操り、粥を口に運ぶ様を祈るように見つめる。ラズはニヤニヤしながら師匠をからかった。
「愛弟子が作った食事はさぞ美味いだろうな」
「ああ。お主の顔を見るより何倍も心が安らぐわい」
「師匠……」
出会った当初から、師匠はラズが不機嫌になりかねないことを平気で言う。その度にサーシェの胃はキュッと縮んだ。
(変だな、師匠は誰にでも礼儀正しくて親切な人なのに)
師匠は好々爺の仮面を引っ込めて、ラズに胡乱げな眼差しを向けていた。こんなやりとりがひと月は繰り広げられているから、そろそろサーシェの胃に穴が空いてもおかしくない。
半分ほど食べ進んだところで、ローリエはさじを置く。
「すまんのうサーシェ。起き抜けにこいつの顔を見たせいか、気分が悪くなってしもうた」
「俺のせいにするなよローリエ。単にお前の食欲がないだけだろう」
「お主は余計なことしか言わんのう。どっこいせ」
よろよろ立ち上がる師匠に杖を差し出すと、彼は一人で部屋を出ていこうとする。
「師匠、どこへ」
「庭に出て日に当たってくる」
「僕も行きま……」
言葉の途中で襟を後ろから掴まれた。
「まだ今日の分の簡易魔法陣を刻み終えてないだろう? 手伝ってやるから行こうぜ」
「でも」
「私は一人で平気だから、手伝ってもらいなさい」
師匠がそう言うならと、サーシェは渋々頷いた。
「無理せず、早めに部屋に戻ってくださいね」
「わかっておる」
ローリエはラズを睨むように見てから、ゆっくりと杖をつきはじめた。
「あいかわらず見栄っ張りだな」
「なに?」
「なんでも。ほら、行くぞ」
腰を抱かれて、ドキリと心臓が音を立てる。またアレをされるのだろう……じわりと指先まで熱くなる。
(違う、変に考えちゃだめだ。魔法陣を刻むための魔力を補充してくれるだけなんだから)
首を振って煩悩を追い払う。鼻歌まじりのラズに促されるまま、作業室へと向かった。
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