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風の吹く丘と
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汗ばむ陽気の中、サーシェは小走りに坂道を駆けのぼる。花びらが風で飛ばないよう腕の中に花束を抱えて、坂を登りきった。
様々な形の石が並ぶ丘を歩きながら、師匠の名前を探しているとラズの姿を見つけた。サーシェに気づいたラズは手招きをする。
「こっちだ」
「うん」
白いアネモネの花束を、そっと墓前に供えた。庭からかき集めた選りすぐりの花々は、日の光を浴びて艶々と輝いている。
「体の具合は、もういいの?」
「ああ、今は平気だ」
ラズは代償もなしに魂を操ったせいで、この三日間幽霊のような顔をしていた。そんな中でも師匠の葬式を段取り手伝ってくれたお陰で、サーシェは取り乱さずにすんだ。
棺の中の師匠は穏やかな顔をしていた。ラズがいなければ、サーシェはみっともなく師匠の亡骸にすがりついていたに違いない。こんなにも満ち足りた表情をさせてあげられなかっただろう。
「フード、めくれてんぞ」
「え? ああ……」
走ったから脱げてしまったのだろう。ラズが被せようとしてくれたけれど、断った。
「いいよ、そのままで」
「ふうん。ま、そのほうがいいな。可愛いし」
思わず髪を隠すように手で抑えて、うつむいてしまった。これだけ何度も可愛いと言われているのだから、ラズにとってサーシェは本当に可愛く見えるのかもしれない。
男に向かって可愛いはないだろうと思うのと同じくらい、ソワソワと胸が弾む心地がする。こんな気持ちで墓の前にいられることが不思議だった。
「ありがとう、ラズ」
師匠がいなくなっても一人ぼっちじゃない。もう召喚した意味自体なくなってしまっているのに、それでもサーシェの側にいて励ましてくれた。
心を込めてお礼を告げると、ラズは奇妙な顔をしながら目を逸らす。
「……許してくれるのか?」
「許すもなにも、最初から僕の願い自体が間違っていたんだ。むしろ巻き込んでごめん」
師匠は最初から延命を望んでいなかった。サーシェの都合で引き止めたいと思っていただけで、代償を払って願いを叶えるなんて、迷惑ですらあったんだ。
つま先で土を弄って気持ちを落ち着かせていると、ラズも気まずそうに頬を掻いた。
「いや、俺からしてみれば、呼んでくれてよかったっていうか」
「なに?」
「不謹慎だよな、なんでも……いや、聞いてくれ」
ラズはサーシェの手を取った。なんだろう、改まって。とくんと心臓が不規則なリズムを刻む。瞳孔が縦に走る赤い目がサーシェを見下ろした。
「サーシェの願いはなくなった訳だが」
「うん」
こほんと咳払いをするラズは、一度瞳を泳がせてから一息に言った。
「これからも、一緒に住んでもいいだろうか」
「それって……」
「待ってくれ、これじゃ伝わらないよな。ええと、つまり」
繋いだ手が熱くなっていく。緊張感が伝わってきて、サーシェはごくりと唾を呑んだ。
「お前のことが、好きだ」
ざあっと丘の上を風が吹き抜けていく。墓の上から白い花びらが数枚さらわれて、空を渡る雲へと溶けた。
「えっ」
好かれているかもしれない、とは思っていた。ラズの声音の優しさや、キスをする時に嬉しそうな表情をすることも、誤解しちゃいけないと自分に言い聞かせる必要がある程度には甘やかだったから。
けれど、彼は悪魔だ。悪魔は人の願いを叶え、代償を受け取るためにこの世に現れる存在であって、サーシェとは生きる世界が違う。
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