アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
二人の日常4
-
注意をしていろと何度も声をかけ、できるだけ身を守れと言い聞かせてきた、被害者本人が。
「あ……え?……な、な……あ、」
加害者本人も突然の登場に驚いたようで口をパクパクさせ言葉にならない音を発することしかできていない。
そして何より私が一番驚いている。何せ被害者の彼は今朝だって震えていて、
加害者の彼と話し合いをしてくるから絶対に出るなと伝え了承したのだ。
最近外に出られるようにはなったが、そもそも遠出をすることが苦手な彼がたった一人で
自発的に恐怖の対象がいる場所へ来るだなんて皆目見当がつかない。
家から離れた場所でやると伝えれば安心すると思い場所は伝えてあったが……
「………」
「………」
「………」
沈黙が続いた。
誰が何と言っていいのかわからないのだ。
何で来た?何をしに来た?帰りなさい?
またも言葉を選んでいると意外なことに普段中々喋らない被害者本人が口を開いた。
「……あのさ。………ごめんな。」
訳が分からない。
今まで話し合っていたその当の二人が置いていかれている。
彼は今まで力を振るってきた彼に対し謝罪した。
その意図が全く読めないでいた。
「その…俺が、いれば。……お前が苦しむ必要はなかったよな」
「違う!あなたは何も…悪くないじゃないか!僕が、僕は」
「いや。……俺がもう少ししっかりしてたら、…その、お前くらいは…きっと…何だ。あの。
…普通にできたのかも知れないっつーか」
「違う違う!僕たちの頭がおかしかっただけなんだ!あなたにした分が僕に返ってきたのは当然のことなんだよ!
それすらも美談に仕立て上げて被害者面して利用している僕が一番悪いんだ!」
立ち上がって主張を始める彼を落ち着かせようと口を開いた瞬間、
「あーうるせぇ!!!」
突然の大声にびくりと肩が跳ねる。普段の彼からは想像もつかない大声に、開きかけた口が塞がる。
勢いに乗ったのか無口な彼は続けて言った。
「状況を打破しようとしなかった俺にだって責任はあんだよ!俺が動けばお前はあいつらに侵されなかったはずだ!
両親も悪い!俺も悪い!お前も悪い!それだけだ!!!」
一気に捲くし立てたからか、肩を揺らして息をする被害者はその場にへたりと座り込んだ。
慌てて座敷へ上げると搾り出すように「水……」とだけ言った。
水はないので茶を飲ませようとすると湯のみを引ったくり、先ほどの加害者の彼と同じように一気に飲み干した。
加害者の彼は謝るどころか被害者すら悪いとの言葉に呆然と立ち尽くしていた。
とりあえず座りましょうと声をかけると我を取り戻したようで「すみません」とまた謝った。
二人が落ち着いたところで状況を整理する。
「赤塚さんは、暴力を振るった側も悪いが、それを自分で防ごうともしなかった自分も悪い、と」
「おう」
「裕人さんは、ご両親も悪いが、それに流されあまつさえ自身の欲を満たす為だけに動いていた自分が一番悪いと」
「はい」
「裕人さんの気持ちに嘘はありませんか?」
「一つもありません。」
「ここからはもう、私の出番はないと思うのですが…お互いが納得するまで話し合わなければいけないのでは?」
「…そもそも、やった過去もやられた過去も変えられないんだ。謝ってお前が納得すんなら謝れ」
「その前に貴方はどこから話を聞いていたのですか?」
「………葉月さんが、俺と接点があること知ってんだろ、って言った辺り」
「だいぶ長いこと聞いていたんですね」
「入れなかった」
そこで空気を読まなくても…と思ったが、それが赤塚唯史という男だったと思い出す。
「……お前、自分が、他人を利用してるって言ってたけど。使えるもん使っただけなんだから気にしすぎ」
「つ、使えるものって…!」
「友達、だったんだろ。なら、嫌なら断れるんだろ。断らなかったんなら、協力してくれたんだろ」
「それは…そうだけど」
「ならありがたく受けとっとけよ。逆に失礼だろ。」
「ご、ごめんなさい」
貴方がそれを言うのか。
「まあ、あれだ。もうこのままこの辺に住めばいいんじゃねーの。あいつらに言わないで。
で本当にやりたいことやれば。目的は達成したわけだし。」
「でも、出版社の住所はバレて…」
「あいつら、ここは嫌いなんだ。頭が上がらない親戚が住んでるらしい。だから、絶対来ない。」
「何ですか?それ」
そんな話は初めて聞いた。
「家にいる間、色々調べたんだ。自分の家のこととか。ある程度だけど。そしたら何かあいつらがどうも苦手な親戚がいて、
その人たちはここら辺に住んでるらしい。それが分かったから、最近外に出る」
「なるほど」
確かに、赤塚さんは気持ちが前向きになり始めた時に長い間パソコンをいじっていた。
そしてある時からあまり触らなくなり、マンションの一階にあるコンビニや
私の忘れ物を届けに来るなど外に出ることが多くなった。
私は単に外に出る気持ちになれたのだろうぐらいにしか思っていなかったが、明確な理由があったのか。
それより。
「貴方、意外としっかりしているんですね……驚きました」
「俺だって無駄に時間潰してるわけじゃねーんだよ。褒めろ」
「わあ偉いですね」
「感情をこめろ」
いつも通りのやりとりをしていると、「あの、」と裕人が声をかけた。
「住む場所は……検討するとして。その…お二人は、今どういうご関係で…」
「………俺はいそうろ」
「夫です」
は!?とすごい勢いでこちらを振り返る赤塚は無視して裕人を見ると、「なるほど」と一人納得していた。
それを見てまたすごい勢いで「今のはちちがじうだんだ」と童貞らしい噛み方をしながら弁解しているが
裕人はそれを聞いていないようだった。
「では、兄は安心して暮らしていける、ということですね」
「そうですね」
「だから!」
「ちょっと煩いので肉でも食べていてください」
そう言って口に無理やり料理を詰め込むと大人しく食べ始めた。やはり空腹だったようだ。
「僕は人として許されないことをした人間ですし、これからは兄や両親の目に入らない場所で暮らしていくことにします」
「だからさ」
美味しいのか顔をだらしなく緩ませながら赤塚は言った。
「それについての決着はさっきついただろ。皆悪いんだよ。そんなに気になるなら一回謝れば許す。
俺が納得してんだからそれでいいだろ?俺が納得してるのに納得しないお前は失礼だぞ」
きっと本来はこういう人なんだろう。
人の顔色を窺わず、思ったことを正直伝える。そこに棘はなく、むしろ相手を包み込むように話す。
私一人では本来の彼をここまで引き出すことはできないことに少し悔しさを覚えたが
彼の心のしこりがとれたのならそれでいい。
「……じゃあ、って言い方も変だけど……今まで、本当にごめんなさい」
「おう許す。終わり。」
「…朝まで震えていた人とは思えませんね」
「葉月さんがこいつの世話するって聞いた日から色々考えてたんだよ。自問自答だな。
それで答えが出たから今日ここに来た。」
「そうですか。成長しましたね。」
「伸び盛りだからな」
もう一度口に肉を詰めてやると美味いと喜んだので彼の苦手なしし唐も詰めてあげた。
よほど美味しいらしくお茶を勢いよく流し込んでいる。
「えっと…」
じゃあ自分はどうしようと悩む裕人に兄である唯史は「お前がやりたいなら研修続ければ」と言った。
最初は私も嫌がっていたが、今日で裕人の人柄も分かったし、何より裕人の才能は光るものがあり、
彼であれば研修を続けたいと思っていた。
「えっ…いいんですか」
「あなたはこれに向いていると思いますよ。ただ、目的がなくなった今、
これからの出張ラッシュに耐えることができるなら、ですが」
「やります!僕、実は実家圏外に出るのはこの研修が初めてで…色んな所に行きたいです!」
「じゃあ決まりですね」
「よろしくお願いします!」
初めて会ったときより生き生きとしている裕人を見て思わず笑みが零れる。
喜ぶ顔が兄弟でそっくりなのだ。
「いやー最初はどうなるかと思ったけどユルユルに収まったな」
「貴方が童貞でヒモなことには変わりありませんけどね」
「おい!」
「え、お兄さん童貞…」
「引くな!」
終わり
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
237 / 252