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二人の日常3
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それから1ヶ月が過ぎた。
裕人は激務に折れることなく順調に研修を続けていた。
何度か食事に誘い、友好的な関係を築くこともできた。
元々の性格なのか演技なのかは分からないが裕人はとても素直な人物で
技術の飲み込みも早かった。
いよいよ現地取材の日程が決まったある日、葉月は裕人からの呼び出しを受けた。
「今から、お時間ありますか?その…お話したいことがありまして」
「構いませんが、何か重要なことですか?」
「はい。その……自分と、兄について…です。葉月さんになら全部話せる気がして……」
「分かりました。では、個室のある店に行きましょうか」
柄にもなく緊張が体を走った。
どのような話が出てくるのか。この一ヶ月の間よくよく観察していたが、何となく
赤塚が言っているような人間ではないのではないかと感じていた。
自分が被害に遭ったわけではないし、勿論彼の全てを見たと言うわけでもないので本当のところは分からないままだが。
仮に今までの素直な彼が全て演技だとしたら、自分だって人間不信になってしまう。
完全個室の座敷部屋で向かい合って座る。
「すみません。私事に付き合わせてしまって」
「気にしないでください。」
「ありがとうございます。では早速……」
冷静に、中立に。
これを頭の中で何度も繰り返し深呼吸をした。
自分のことではないが、自分の一番大切な人物に関わる話だ。
「僕は、両親からの異常な愛情を受けて育ちました。両親は何故か兄を貶し僕を褒め称えました。
幼い頃からそうだったので、次第に僕自身も『兄は自分より格下の存在である』と認識していきました……。
親が殴るので僕も殴る。それも、ぱっと目にはつかないような部分を。子供の悪知恵が働いていました。」
ここまでは合っている。
断片的に聞いただけではあるが、見えない場所を殴る。そして親からも暴力を受ける。
毎日のようにそれが続いたと被害者の彼は語っていた。
「母は気に食わないことがあると兄にヒステリックに当り散らし、罵倒し、弟の僕が如何に優れているかを延々叫び。
成長するにつれて僕も性格が捻じ曲がって、テストで一位が取れない憂さ晴らしに兄を殴るということもしていました。
……僕が自分が異常だと気づいたのは、兄が出て行ってからです。」
少し言葉を詰まらせながら、加害者の彼は語っていった。
「兄が出て行き、両親は怒り狂い街中を探し回りました。
警察には突然いなくなってしまった、心当たりは全く無いと取り繕うことは忘れずに。
何日経っても見つからず、僕もストレスが溜まっていきました。『さっさと帰ってきて殴らせろ』とさえ思っていたんです。
――両親の標的が自分に変わったことも気づかずに。」
「…少し、休みましょう。料理もそろそろ運ばれてくるでしょうし。」
顔を蒼くし震えながら語る加害者の彼を見て思わず止めてしまった。
彼はすみませんと謝り、傍らにあったお茶を一気に飲み干した。
そして丁度良く料理が運ばれたので一旦腹を満たそうと、手を付けようとしない彼を促した。
「その後はもう、お気づきかもしれませんが。今まで兄にしてきたことが僕に返ってきました。
因果応報という言葉は本当なんだと実感しました。そして、今までの自分の異常性にも気づくことができました。」
「…それは、いつ頃の話ですか?」
「兄が出て行ったのが僕が中学生の時です。それから……今も尚、といった感じです」
「家を出ようとは思わなかったのですか?」
「何度も試みましたが中高生の行ける範囲なんて狭いもので……すぐに見つかっていました。
その度に暴力が酷くなっていくので、時期を見計らって上手いこと出て行く計画を立てました。」
「それがこの研修」
「そうです。本当は夜勤の仕事とか、いっそ海外へ、とも思ったのですが、夜勤なら家を出る必要が無いし
海外の場合は付いて来そうで……そこでこの記者の研修制度を偶々見かけて応募してみたんです。
これなら兄を捜して、見つかれば謝って、もっと遠くに逃げてくれとも伝えられるし。駄目ならまた別の手を考えて…。」
「そうですか……」
加害者の彼が茶碗を持ったとき、ちらりと服の袖口から見えた腕には青紫色の痣があった。
事実か。それともわざと見える位置に青痣を作り信じ込ませようとしたのか。どちらにせよ――
「あなたは、私があなたのお兄さんと接点があることを知っていますね。」
質問ではない。これは明白なことだった。
「…………はい。すみません。」
彼がどう出るか少し不安ではあったが意外にもすんなりとこれを認めた。
肩透かしを食らったが、まだまだ油断はできない。
「人脈と頭だけはあったから、独自に探していたんです。兄が働いていた職場を見つけて、
地方に住んでいる友人にも手伝ってもらって。兄の足跡を辿って、ある所までは行けたんですけど
そこから辿れなくなってしまったんです。隣街にある、バーを最後に。」
どくり。心臓が鳴った。
それは恐らく自分が被害者の彼に声をかけたあのバーだろう。
そこまで追えていることに関心と少しの恐怖を覚えた。
まだ執着している証拠なのではないか。隙があれば連れ戻そうと考えていたのではないか。
それとも、兄と同じ道筋で逃げようとしていたのか。
疑い始めたらキリがなく、あらゆる考えが頭の中をぐるぐると巡る。
もしかしたら全てが嘘なのではないか。いや、事実か。
演技か、素か。
様々な感情が入り混じり軽い吐き気を覚えていると加害者の彼はまたぽつりぽつりと語りだした。
「それからはもう諦めていたんですが、あるときこの街に住んでいる友人が兄が誰かと出歩いているという情報をくれたんです。
……それがあなた、葉月さんでした」
「………」
「これはチャンスだと思いました。自分が逃げ出す為に応募したあなたとの研修制度が兄に繋がっていると。
必ず合格してやるって。そして上手くやって、あわよくば兄と………でも」
そう区切って口を噤んだ。
俯き、震える手を握り締めて息を吐き出した彼は涙声で続けた。
「ようやく気づいたんです。これで自分が兄と会ったら、兄の平穏を壊すことになるって」
ぽたりぽたりと雫が零れる。
正座しているかれの膝が一つ二つと濡れていく。
「結局僕は昔から何も変わっていないんじゃないかって。周りにいる全ての人を利用して、
自分の欲望を満たすためだけに生きている。兄に謝りたいから地方にいるたくさんの友人を利用しよう。
実家から逃げ出したいから記者研修を利用しよう。
たまたま研修先の人が兄と繋がっているから…その人すら。利用しよう…。」
「傷つけた兄を探し出して謝ろうって!それだって結局僕の心を満たす為に兄を利用しようとしてるだけだ……」
「…………よう」
何と声をかけようか。言葉を探していると突然個室の戸が開き、思いもかけなかった人物が現れた。
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