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ドーナツの甘み(4)
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「ひ、響……」
彼は口にチャックをしたまま、なに? と首をかしげます。
「すまん……。やっぱ、なんかしゃべってくれ。黙ってると気が遠くなる……」
「もー! ワガママなんだから!」
文句を言いながらも、響は楽しそうに鼻歌をうたいだします。
時折、海から流れてくる涼しい風に「おー」とか「あー」とか歓声をあげつつ、ふんふんと歌う。
すると、なにがきっかけになったのか、
「ボクね、中学のとき『ビーバー』って呼ばれてたの」
唐突にそんなことを言いだしました。
「ビーバー?」
「かわいいでしょ」
「あ、ああ……」
アメリカの雄大な川の中、ダムを作って暮らすタヌキみたいな動物のことです。
けれども響に似ているとは思えません。
強いて言うなら、笑うとちょろりと出る前歯のせいでしょうか。
「泳ぐの、クラスで一番ヘタでさ」
「え?」
「みんなふざけてビート板投げてくるんだよ。『助けてやる』って。ボクの周り全部ビート板で埋まっちゃってさ」
「余計泳げないだろ」
「そう。せき止められるでしょ。ダムみたいになって! だからビーバー」
「……そうか」
他人の欠点を面白がり、残酷なくらいにからかって遊ぶヤツらはどの学校にもいるものです。
珍しいことではありませんが、響もそんなことをされていたなんて。
「そっからね、絶対に泳げるようになるって特訓してさあ」
けれども、今日、浮き輪を持っているということは――。
「……頑張ったんだけどね」
話し終えると、彼の顔から数秒間、笑みが消えました。
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