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何度忘れても
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夜風が気持ちいい。
月の光が泉に反射して、柔く辺りを照らしていた。揺れる水面が周囲の木々に写って、幻想的だ。
「静か…」
ぼんやりと泉を眺める。
宮殿から少し離れた場所だからか、人が来る気配はなかった。
もしかしたら俺を拐った連中にまた遭うかもしれなかったけれど…どうでもよかった。
ああ、そういえば…拐われる前もそんなことを思ってた気がする。
…記憶は戻った、と言えるのかもしれない。
実はまだ断片的にしか思い出せないけれど、それでも随分思い出せたと思う。少なくとも俺が此処に来た理由と、
…シェスが俺のことを『玩具』扱いしていたことは、思い出した。
でもそれって、おそらくほとんど思い出したってことなのか、とも思う。
風が吹き抜け、木々の間をすり抜ける。
じ、と揺れる木々を見ていると、そこに人影が現れた。
「ー…、」
「…お久しぶりです、アイリール様」
「…ルード」
久しく会っていなかった騎士が、変わらぬ笑みで立っていた。
ルード・ブランシェ。
シェスが「真面目で優しい仮面の裏には、毒蛇が潜んでいるかもしれない」と警告していた人。
そういえば、ルードはあの後どうなったか、聞いてなかった。
「…無事だったんだ」
「はい。アイリール様たちがお逃げになってから、仲間と合流しましたので」
「…」
仲間。
巫女拐い(こちらは確か、王政打破を掲げる組織の方)の人たちだ。
…俺を拐おうとしていた人たち。
「なんで、拐おうとしたの?」
「え、だって貴女は、望んで此処にはいないでしょう?」
「…」
「俺は、一人でも多くの巫女様を救いたい。俺の妹は…此処に捕らわれ、そして死んでいった。ねぇ、アイリール様。こんな籠に捕らわれているなんておかしいと思いませんか?」
「…」
ルードの妹さん、亡くなっていたんだ。
家族を亡くすのは辛いことだし、ましてや国に捕らわれ死んだのならば、そうか、確かに心を病んでしまうかもしれない。非道徳的なことさえやってのけるほどには。
此処は逃げられない籠の中。
それも否定しない。
俺は此処で自由に羽ばたくことができない。
「俺と一緒に行きましょう、アイリール様」
俺から数メートルのところまで歩みより、手を伸ばしてきた。ルードの笑顔は優しい。きっと、大切にしてくれるだろうなぁ、と漠然と思う。ルードには酷いことをされた覚えがないからかもしれないし、恋慕の視線を向けられてることが伝わってくるからかもしれない。
「…行けないよ…」
俺が首を振ると、ルードはぴくりと手を震わせた。断らないと、思っていたのかな。
「なぜですか?」
「…なんで、だろうね」
「シェスが気にかかりますか?」
「!」
紡がれた名前に反射的に目を見開く。
ああ、もう本当に、シェスはその名前だけで俺を動揺させる。
「そうですか。やはり貴女はあの男のことが」
「…それは」
「否定しなくて良いですよ。見ていたから分かります。貴女が誰に熱い視線を送ってたかなんて、もう前から知っていました」
…。
…そんなにあからさまだったんだ、俺。
わずかに苦笑すると、ルードは眉をひそめた。
「あの男は信用に値しませんよ。あいつは、あなたを拐った連中と面識があるんですよ。知っていましたか?」
「…ううん」
知らなかった。
シェスが、あいつらと知り合い…
もしかして、俺を助けることが出来たのは、それも関係しているのかもしれない。
だけど、確かに驚いたけど…
シェスが信用ならない男だっていうのはもう知ってる。よく知ってる。たぶん、ルードより、誰より、とても良く。
「シェスのこと…拐われる前のこと、思い出したんだ」
「…?」
「シェスって酷い奴だよね。人のこと弄んで、飽きたら捨てちゃうんだ。人を、人の『好き』を玩具にするんだ。最初は紳士的で王子様みたいって思ったのに、それ全部仮面だったんだよ?性格悪いし、意地悪だし、傷つけるようなこと、たくさん言われた。しかも悪いなんて欠片も思ってないし」
本当に、酷い奴。
「分かってる。たぶん、ルードの手を取るのが正解、なんだよね」
「でしたら…!」
「でも、ダメなんだ……」
「え?」
「だって…」
頬をあたたかいものが濡らす。
「だって、好きなんだ…シェスのことが、すごく…すごく、好き。大好きで、どうにもならない」
「…っ、」
「最低な奴だって分かってる。人のこと弄ぶことだって簡単に出来てしまう奴だって…知ってる。だけど、それでも、好きなんだ。シェス以外じゃ、嫌だよ…」
酷いことをされた。
でも、優しいこともされた。
それが本心じゃなかったとしても…それでも、俺は惹かれる心を押さえられない。
そのせいで心を壊されても構わない。
捨てようと、したけど、出来なかったんだ…
例えこのまま捨てられても、俺はこの「好き」を捨てることが出来ない。
もう一度記憶を失っても、何度失っても、俺はまたシェスに恋をする。
絶対に。
「…俺のアイルを泣かせてるのは誰だ?」
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